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カテゴリー別アーカイブ: 新聞要約
言語もジェンダーレスの波
一部の外国語を習うときに日本人が戸惑う理由の一つである男性名詞と女性名詞に、近年言葉を「中立化」させる動きがある。スペインで最近認知されるようになってきたインクルーシブランゲージは男性形のo、女性形のaをxに置き換えることで男女を区別しない。これを使った書類や役所もある一方日常的に使っている人は少数派で、ブエノスアイレス市は昨年6月、学校教育の場で“x”を使った言葉を教師が教えることを禁止した。市教育局長は、「インクルーシブ・ランゲージ全般を否定するものではないが、幼少期の子どもたちに正しいスペイン語を覚えさせるのは学校の責任である」とした。 23/09/29 朝日新聞 11ページ
都立高 男女別の定員撤廃へ
都教育委員会は都立高校入試の男女別定員について、現在の中学3年生が受験する2024年春の入試から全面廃止する方針を固めた。都道府県立の共学高校で男女別定員が残るのは全国で東京のみで、同じ高校の入試でも男女で合格ラインが異なり、ジェンダー平等に反すると指摘されてきた。都教委は21年に男女合同定員へ段階的に移行する方針を決定し、緩和措置として性別によらず成績順で合否を決める「男女合同枠」を22年入試で定員の1割、23年は2割設けていた。一方、21年に公表した都教委の試算によると、男女別定員がなくなれば、都立高の男子の合格者は約600人減ると見込まれる。 23/09/10 朝日新聞 30ページ
卒論アウトライン
主張 世界的に化石燃料から脱却し、地球温暖化を抑止するために再生可能エネルギーの利用が進められている。 日本でも同様に再生可能エネルギーの利用を促進している。 しかし、他の主要国と再エネ比率を比較すると、日本は16%で最も高いカナダとは50%近く離れている状態である。 この様な現状を改善するためには、地熱の発電量を増やすべきだと考える。 日本は世界第3位の地熱資源を持っていて地熱発電のポテンシャルも十分に秘めているにもかかわらず、発電所を建設するには問題点が多くあり、地熱の発電量は再生可能エネルギーの中でもかなり低く、日本の地熱発電の割合は0.25%であり、地熱発電の設備容量が資源量に対してかなり少ない。 そこで、世界の成功した地熱発電を参考にして、日本の地熱発電における課題を解決し、地熱発電量を増やし、再エネ比率を高くすることが重要である。 調査の方向性 日本が直面している地熱発電の課題点の確認と建設できている地域とそうでない地域を比較。その後、日本の現状と似ている国と比較し、どの様にその課題点を克服したのか、もしくは失敗したのかを調査する。そこから日本が地熱発電で発展するための方法を考察。
卒論 第一章 カーボンニュートラルについて
カーボンニュートラル(carbon neutral)とは環境に関する用語で、本来は、「植物や植物由来の燃料を燃焼してCO2が発生しても、その植物は成長過程でCO2を吸収しており、ライフサイクル全体でみると大気中のCO2を増加させず、CO2排出量の収支は実質ゼロになる」という考え方である。 ここでのカーボンニュートラルとは、産業活動により排出されるCO2(二酸化炭素)をはじめとする人為的な温室効果ガスの「排出量」を削減する取組みに加え、植林や森林管理などによる「吸収量」を増加させる取組みも併せて、合計を実質的にゼロにすることである。カーボンニュートラルの実現のためには、産業活動による温室効果ガスの排出を減らし、吸収できる自然環境を保全、強化していく必要がある。 2015年に採択された気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定であるパリ協定では、産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑える目標を掲げ、加えて平均気温上昇「1.5度未満」を目指し、また今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成することが世界共通の長期目標として合意された。この実現に向けて、世界が取組を進めており、120以上の国と地域が目標として掲げているのが「2050年カーボンニュートラル」である。 菅義偉総理が2020年10月の所信表明演説で「2050年カーボンニュートラルの実現」を掲げ、脱炭素政策の目玉として、自動車産業においては電動化を推進し、2030年代半ばにガソリン車の新車販売を廃止するという方法を打ち出している。 世界的にEV化が強固に推し進められ、カーボンニュートラル実現に向けてEVしか認めないという風潮が高まり、日本の企業のようなハイブリッドに力を入れている企業に圧力がかかっている。ハイブリッドでもカーボンニュートラルを実現できるかを考えていく必要があると考える。 次章ではハイブリッド車のカーボンニュートラルの実現性を考える。
卒論アウトライン
主張 イノベーションとは、新たな技術やアイデアによって新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす事象を指す。今、このイノベーションが日本の産業界で大きく減少している。WIPO(世界知的所有権機関)が2021年に発表した、The Global Innovation Indexに基づいた国別イノベーションランキングでは日本は13位となっている。この現状の原因として大きく挙げられるのは日本の理系人材育成状況であると私は考える。日本では博士号の取得者は1.5万人となっており、アメリカの8.3万人や中国の5.3万人と比べて大きく劣っている。またドイツやイギリス、韓国などと比べても唯一減少傾向にある。その結果、研究者となる学生や専門知識を多く持った起業者がとても少なくなり、イノベーションが少なくなっているのだ。だからこそ、私はこの理系人材が研究者や起業という目標にチャレンジできない日本の土壌を変革するべきであると考えた。具体的には修士、博士課程の学生の援助、理系の研究者の待遇の改善や、リスクを恐れずに起業を行える環境づくりなどが挙げられる。 調査の方向性 日本のイノベーションを生み出す際と、イノベーションと関連付けた理系人材の育成の問題点が何かをまず整理する。その後、アメリカや中国等、今も最前線で走り続ける欧米などの理系人材育成や起業を助ける施策について調査する。最後にその施策と日本の現状を照らし合わせて今日本がイノベーションを多く生み出すためにどのような変革が必要なのかを考察する。
卒論アウトライン
①主張 今日、アニメは日本の代表的な成長産業になっており、市場規模は過去10年で2倍以上に拡大している。アニメ映画のヒット連発や動画配信の普及、世界各国でのアニメイベントなどによって今後も益々、アニメの市場は大きくなっていき、業界外の企業からも注目されていくだろう。しかし、市場が大きくなっている一方で、アニメーターの過酷な労働環境や制作スタジオの過密な放送スケジュールと品質の維持などアニメ業界の問題も多く存在する。これらの問題は日本がアニメを制作する際に行う製作委員会方式やテレビアニメ黎明期から変化しなかった低賃金で雇われるアニメーターの慣習が原因となっていると考えられており、アニメ業界が成長していく際の障壁となる可能性がある。このように日本の国民的カルチャーになっており、海外でも注目を集めるアニメの成長を止めないためにも、制作スタジオが自らビジネスを行う体制を取ったり、海外のアニメスタジオを参考に、あらゆる企業が手を組んで大きな総合エンタメ企業を作ったりと業界全体でビジネス構造を新たに変化させることが重要である。②調査の方向性 まずは現在のアニメ市場の規模や現在のアニメビジネスのトレンド、主なビジネスモデルである製作委員会方式について調査し、現状の確認。その後、現在アニメ業界の問題になっているアニメ制作会社やアニメーターの労働環境問題などについて調査を行う。そして、そのアニメ業界の課題を解決しようとする新たな制作会社の動きや海外のアニメスタジオの労働環境を参考に新たなビジネス構造を考察。
卒論アウトライン
①主張 世界的な脱炭素政策により自動車産業において、ガソリン車を廃止し電気自動車(EV)の導入することこそ、脱炭素=カーボンニュートラル、二酸化炭素削減のために必要であるという論調が強まっている。電気自動車それ自体は環境にいい製品だが、安全性や車の製造過程、電気や電池の製造過程で排出される二酸化炭素に注目すると、実際は環境によいとは言いづらいのが現状である。また電気自動車以外に、ハイブリッド車などの環境に優しい車を導入している企業もあるが、欧州メーカーのEV戦略によるガソリン車やハイブリッド車を締め出し、電気自動車を推進する政策により、そのような企業がギリギリのところに立たされているのも現状である。今後の経営が厳しくなってしまう企業があるのにも関わらず、カーボンニュートラルの実現のために一方的にガソリン車は悪だ、電気自動車が正義であるというようなことを言う者まで出てきてしまっている。EV化のために必要な安全性や制度、インフラが不十分であることや、EV化による自動車産業の衰退の可能性のようなデメリットにも向き合うことで、カーボンニュートラル実現に向けてEV以外の手段を柔軟に考えていくことが重要である。そこでハイブリッド車は段階的なCO2削減にハイブリッドはきわめて有効な現実的手段であり重要であり、ハイブリッド車を活用しつつ段階的にEV化を推し進めるべきである。 ②調査の方向性 まずは大枠を理解するために現在の自動車産業の動向や各国・各社のEV生産台数の傾向について調査を行う。その後世界的なEV推進によって起こりうる二酸化炭素問題、雇用問題、インフラ問題、自動車産業の衰退問題について調査を行う。そして自動車産業が今後、EV一辺倒にならずにどのように脱炭素問題に取り組むべきかについてハイブリッド車の導入や、国ごとの自動車産業の特色を調べていき考察する。
書評「ジェンダーレスの日本史」
肉体の性別とは違う性認識を持つことが尊重されるようになり、性差の壁が崩れてきたことは先進的に見えるが、実は日本の古典文学には男女の境があいまいな話が数多く存在していたことを本書は紹介している。様々な古典作品を通し「伝統的」「日本古来」と思われてきたことの嘘を解き明かす。 第一章 第一章では江戸時代は女性も立って用を足していたことや、十四世紀の絵の中で僧侶と添い寝する長い髪の人は男性であったこと、日本神話の中で子を産む男性神が登場することなどを紹介している。いずれも男女の境目の曖昧さをあらわしており、性への意識が今より緩かったことがわかる。 第二章 第二章では現代日本と比べると昔の女性の方が権力を持っていたことが紹介されている。古墳の副葬品からは、当時の女首長が祭祀だけでなく男同様に軍事・政治も行っていたことがわかった。男女平等だった古代から平安時代において特に貴族社会では家土地に関する相続権は女子の方が強かったとされる。そこには源氏物語からみる結婚の形態が関係している。貴族社会では男が女の家に通い、新婚家庭の経済は妻方が担っていた。このような結婚形態で女子が婚姻によって実家を離れないために、実家=家土地を女子が相続する機会が当然増えるというわけである。しかし戦国時代になると男の地位が高まり女子は相続から弾き出され、その社会的地位も低下していった。 第三章 第三章では夫婦同姓も三世代が同居する大家族も比較的最近のことであり「伝統的」とは言えないと主張している。 第四章 第四章では前近代の日本の離婚・再婚率の高さに関して、女性がお産で死ぬ確立の高さ、平均寿命の低さによる死別の多さといった理由以外に、離婚や再婚が人生においてデメリットとならない、特に女性側に貞操が求められていないという当時の通念が背景にあると考察している。しかし私は現代でも貞操が求められることの方が稀なのではないかと考えた。 第五章 第五章では前近代ですでにLGBTは認識されていたことが紹介されている。古典文学にはLGBT全てが描かれ、特に男色に関してはそれを罪悪視する人を、神に救いを求めて拝む人や一夫一妻を守る人と同列にあざ笑うほど普通に受け入れられていた。 第六章 第六章では平安時代から「女々しい」という言葉が現代と同じ意味で使われ、女々しい男も雄々しい女もいたと書かれている。少し前の日本では男が泣くことを女々しいという表現で否定的に見られることがあったが、平安時代では泣くべきときに泣くことが貴族のたしなみであり理想の大人とされていた。 第七章 七章では全章までに紹介されてきたジェンダーレスな文化の裏にあるデメリットをあげている。例えば通い婚により女の地位が高まるということは、逆に女には経済力を求められるということであり貧乏な女は結婚できない。 ジェンダーレスや夫婦別姓などは、昔からの伝統を切り離していくための多様性に配慮した最近の取り組みだと思っていたが、昔はむしろ性にとらわれていなかったということがわかった。しかし男らしく女らしくが主流の時代にそれがどのようにして移り変わったのかは、戦争によって男性が地位を高めて行ったところくらいでしか述べられていなかったので今度はそこをもっと知りたいと思った。 中公新書ラクレ ジェンダーレスの日本史 著者 大塚ひかり 2022.11.10 発行
書評「日本の問題は文系にある なぜ日本からイノベーションが途絶えたのか」
著者である山本尚氏は京都大学卒業後、ハーバード大学院を経て、様々な大学研究室を転々としたのち、現在中部大学のペプチド研究センターのセンター長となっている。ノーベル化学賞の候補者でもある山本氏は本著で日本のイノベーションが途絶えた理由を大学の教育環境と日本の研究体制の二点を大きく挙げて論述している。 第一章 私の破壊的イノベーション 本章は筆者の今までの経歴の紹介と共に、破壊的イノベーションの必要性と研究費の審査の問題について触れている。破壊的イノベーションとは市場が新たに作り替わるような革新のことを指し、今現在は技術革新のスピードが向上したことにより「破壊的イノベーションか、死か」という領域に入っているという。この状況はもう一つの持続的イノベーションが得意であった日本にとっては危機的状況であるという。また破壊的なイノベーションを生み出す研究にお金を投資する嗅覚が今の省庁には無いため、「異質の香り」をかぎ分けられる優秀な科学者が審査側に必要であるとした。 第二章 日本人はもっと感動すればいい 本章では米国の自由な感性を鍛える方法を例示して、それと対象である日本の環境を批判している。また日本に過去会ったイノベーションを例示して、そこからの学びを論述している。米国では教育課程とプレゼンは表裏一体であるという。成長していく中で何度もプレゼンを行っていくことで、各個人の提案がより革新的で多くの人間の同意を得るためにはどうしたらよいかという思考方法が常となる。集団主義的な日本ではこの感性は育たないため、個人主義の考え方が必要であると述べている。また日本人が過去行ってきた海外から入ってきたものをまねてから、自己流に改造していくという漢字や鉄に見られたイノベーションの方法を日本文化と結び付けて我が国固有のものであるとし、この文化を大切にしていくことに勝機があると論じていた。 第三章 問題は文系にある 本章では大学の研究や講義の問題点を軸にイノベーションが生まれない理由を論じている。その一つの例が講座制である。講座制により准教授や助教が専任教授から独立した研究をできていないのだ。博士課程を終えた未来を担う若い研究者に思い通りの創造の道を歩ませる力が、講座制廃止にあるという。また文系の官僚にも問題があるという。文系の官僚がなんとなしに決めている習得単位や学生数などが教官の研究時間を奪いイノベーションを阻んでいるのだ。日本の大学教官が研究に割ける時間は20%以下で、米国の50%以上とは格段の差がある。大学発のイノベーションを目指すためには教育義務や事務書類にメスを入れる必要があるのだ。さらに文系の起こすイノベーションについても触れられていた。イノベーションというと技術革新が主だと思われがちだが、新たな考え方から大きな価値を生み出す社会変化もイノベーションといえると筆者は言う。しかしこの文系のイノベーションは日本ではほとんど見られない。その理由は日本の文系の学生の意欲の少なさだ。理系の学生に比べ、文系の学生は本を読まず、また読むことはあっても研究のために膨大な本を読むことは限られると筆者は述べていた。この問題の解決のためには「哲学」が必要だという。先人の考え方を知ることで、新たな考え方の切り口を作り上げることができる。この考え方の転換こそイノベーションの思考法なのだ。 第四章「学術会議」はいらない 本章では一時イノベーションの話題から少し離れ、一時話題になった菅政権の学術会議問題に関して言及している。日本の学術会議は税金で運営しているもので日本の政治の影響を大きく受けてしまう。しかし米国の学術会議に当たる全米アカデミーズでは、各々が出資をして参加している。この政府から独立した組織は、日本と違い大きな力を持つ。一つの提言に日本とは異なる緊張感が生まれるのである。この緊張感の有無こそが科学技術政策の決定に大きな影響を与えるのだ。だからこそ、日本には学術会議は必要なく、政府から独立した新たな科学者による組織が必要なのだ。 第五章 イノベーションは感動である 本章ではイノベーションを起こした人物のエピソードと筆者が思う創発に必要な要素の紹介となっている。筆者はノーベル賞を受賞した人物や印象に残った人物を列挙したのち、その人たちは何かしらの唯一無二性と破天荒さがあるとした。また筆者は創発に必要な要素としてボーっとすることを挙げた。問題に対して集中することは良いことだが、脳の一部を使っていないため、画一的な考えになりがちである。そこでボーっとすることにより、脳全体を使う非集中状態になり、脳を本当に活用できるようになる。この状態になった時こそ素晴らしいアイデアが生まれやすいのだ。だからこそ創発にはあえてボーっとすることが必要なのだ。 第六章 日本はやはり集団主義がいい 本章では破壊的イノベーションを起こすのは個人主義だと前提を置いたうえで、日本が持つ集団主義の良さと米国に干渉されて集団主義を捨てようとしたことの弊害について述べられている。集団主義はプロジェクトを進めていく能力に長けているという。それは一致団結して成果を出そうとするからだ。故に筆者は集団主義の中に少しの個人主義がハイブリットされているのがイノベーションに最も適しているとした。一個人の際立った研究者を中心として、様々な集団が力強く成果を育てる。つまり発想は個人主義、完成は集団主義という役割分担こそが重要であり、日本という土壌はその役割分担が適しているのである。 第七章 日本型イノベーションのために 本章では集団主義の欠陥についてイノベーションに交えて述べられている。具体的には、「リスク・フリー」社会と突出した個人の排斥の二つだ。「リスク・フリー」社会とは危険を予測し、注意深く避けようとする社会のことを指す。この性質のおかげで安全に過ごせているのは事実であるが、リスクも大きい。それは企業や政府の思い切った施策の有無である。思い切った行動ができない集団は、すべての行動が手遅れになることが常である。我々はリターンを得るために、リスクを取ることにためらいがあってはいけないのだ。また集団主義では、非がある個人への攻撃はとても厳しく重い。それは「道理」という概念が存在するからだ。この見えない「道理」に縛られ、個人主義の人が自分の意見を言えずに窮屈そうにしている状況は現在の日本でよく散見される。しかし個人主義の破天荒なアイデアが無ければ破壊的イノベーションは生まれない。だからこそ現在の日本では個人主義と集団主義が共存できるような制度作りが必要であるし、日本の若い研究者は現状の制度にとらわれず自由な発想で、イノベーションの実現を目指すべきである。 前回の書評の際に先生が理系の学生や教授の待遇についておっしゃっていったので、その問題とイノベーションを掛け合わせた本の書評を行った。前回の書評では文系の学生や研究者が「共鳴」できる場所が必要であると論じていたが、本著では極端に言うと文系、特に政府の文官は理系の研究の邪魔をするなという内容だった。ここまで大きな差があることに驚きはあったが、私的にはこっちの意見の方が理系の学生が研究できる環境の整備に注力されることを考えるとよいものだと思う。今回の書評では理系人材の育成的な視点からイノベーションを見ることができたので、次回は文系のイノベーションについても注目していきたいと思う。 産経新聞出版 日本の問題は文系にある なぜ日本からイノベーションが消えたのか 著者 山本尚 2022年2月23日 初版発行