書評「ジェンダーレスの日本史」

肉体の性別とは違う性認識を持つことが尊重されるようになり、性差の壁が崩れてきたことは先進的に見えるが、実は日本の古典文学には男女の境があいまいな話が数多く存在していたことを本書は紹介している。様々な古典作品を通し「伝統的」「日本古来」と思われてきたことの嘘を解き明かす。

第一章

第一章では江戸時代は女性も立って用を足していたことや、十四世紀の絵の中で僧侶と添い寝する長い髪の人は男性であったこと、日本神話の中で子を産む男性神が登場することなどを紹介している。いずれも男女の境目の曖昧さをあらわしており、性への意識が今より緩かったことがわかる。

第二章

第二章では現代日本と比べると昔の女性の方が権力を持っていたことが紹介されている。古墳の副葬品からは、当時の女首長が祭祀だけでなく男同様に軍事・政治も行っていたことがわかった。男女平等だった古代から平安時代において特に貴族社会では家土地に関する相続権は女子の方が強かったとされる。そこには源氏物語からみる結婚の形態が関係している。貴族社会では男が女の家に通い、新婚家庭の経済は妻方が担っていた。このような結婚形態で女子が婚姻によって実家を離れないために、実家=家土地を女子が相続する機会が当然増えるというわけである。しかし戦国時代になると男の地位が高まり女子は相続から弾き出され、その社会的地位も低下していった。

第三章

第三章では夫婦同姓も三世代が同居する大家族も比較的最近のことであり「伝統的」とは言えないと主張している。

第四章

第四章では前近代の日本の離婚・再婚率の高さに関して、女性がお産で死ぬ確立の高さ、平均寿命の低さによる死別の多さといった理由以外に、離婚や再婚が人生においてデメリットとならない、特に女性側に貞操が求められていないという当時の通念が背景にあると考察している。しかし私は現代でも貞操が求められることの方が稀なのではないかと考えた。

第五章

第五章では前近代ですでにLGBTは認識されていたことが紹介されている。古典文学にはLGBT全てが描かれ、特に男色に関してはそれを罪悪視する人を、神に救いを求めて拝む人や一夫一妻を守る人と同列にあざ笑うほど普通に受け入れられていた。

第六章

第六章では平安時代から「女々しい」という言葉が現代と同じ意味で使われ、女々しい男も雄々しい女もいたと書かれている。少し前の日本では男が泣くことを女々しいという表現で否定的に見られることがあったが、平安時代では泣くべきときに泣くことが貴族のたしなみであり理想の大人とされていた。

第七章

七章では全章までに紹介されてきたジェンダーレスな文化の裏にあるデメリットをあげている。例えば通い婚により女の地位が高まるということは、逆に女には経済力を求められるということであり貧乏な女は結婚できない。

ジェンダーレスや夫婦別姓などは、昔からの伝統を切り離していくための多様性に配慮した最近の取り組みだと思っていたが、昔はむしろ性にとらわれていなかったということがわかった。しかし男らしく女らしくが主流の時代にそれがどのようにして移り変わったのかは、戦争によって男性が地位を高めて行ったところくらいでしか述べられていなかったので今度はそこをもっと知りたいと思った。

 

中公新書ラクレ

ジェンダーレスの日本史 著者 大塚ひかり

2022.11.10 発行

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