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作成者別アーカイブ: 石橋 博
二章 改良
二章 海外のIR事例 1,シンガポール:政府主導による成功モデル シンガポールは、IR導入に成功した国として世界的に高い評価を受けている。2000年代初頭、政府は観光産業の競争力低下と経済の多角化を背景に、統合型リゾートの導入を検討し始めた。当時、カジノ事業は社会的に強い抵抗があり、長らく非合法とされていたが、2004年にリー・シェンロン首相が「国際競争力強化のためには大胆な転換が必要」として、慎重な社会的議論のもと合法化に踏み切った。 政府は、単なる「カジノ解禁」ではなく、「統合型リゾート(Integrated Resort)」という新しい枠組みを打ち出し、カジノを観光・文化・ビジネス機能の一部として位置づけた。2005年にIR合法化法案が議会で承認され、厳格な規制制度と社会的対策を整備する形で導入が正式決定された。代表的な対策として、シンガポール国民および永住者に対して入場料(100シンガポールドル)を課す「カジノ入場規制制度」が導入され、依存症対策と社会的合意形成を両立させた。 2010年には、「Marina Bay Sands」と「Resorts World Sentosa」という二つのIRが開業した。両施設は、いずれもカジノを中核としながらも、施設全体の約7割を非ゲーミング領域(ホテル、MICE施設、劇場、美術館、ショッピングモールなど)が占めており、観光・文化・ビジネスの融合による都市型リゾートの理想形を示した。 この成功の背景には、政府の明確な戦略と段階的な合法化プロセス、そして社会的合意形成の徹底があった。シンガポール政府は、IRを単なる娯楽施設ではなく、国際会議や展示会(MICE)を通じたビジネス拠点、文化・観光の発信地として位置づけたことで、経済的利益と社会的信頼を両立させた。 このような「非合法からの制度的転換」と「社会的受容を前提とした政策設計」は、後にIR推進法の制定をめざした日本政府にとっても重要な先行事例となった。特に、経済活性化と国民合意をどのように両立させるかという点で、シンガポールの成功モデルは日本の政策形成過程における理論的・実務的な参照点となっている。 2,マカオ:中国特別行政区における世界最大のIR集積地 マカオは、世界最大規模のIRが集積する地域として知られている。1999年の中国返還後、「一国二制度」により高い自治権を維持し、2002年にカジノ運営権を海外資本に開放したことが発展の契機となった。ラスベガス・サンズ社による「The Venetian Macao」や、メルコ社の「City of Dreams」、ギャラクシー社の「Galaxy Macau」など、国際的なIR企業が相次いで進出した。これらの企業は、資金力と運営ノウハウを生かして大規模開発を進め、短期間でマカオを世界有数の観光都市へ押し上げた。 この急成長の背景には、2000年代以降の中国本土の経済発展と中間層の拡大がある。2003年に導入された「個人訪問スキーム(IVS)」により、中国人観光客のマカオ訪問が急増し、カジノ収益は急拡大した。その結果、2013年にはマカオのカジノ収益はラスベガスの約7倍に達し、世界最大のカジノ都市となった。 しかし、中国政府は2014年以降、マネーロンダリング防止や汚職対策、資金流出抑制を目的として、マカオへの渡航や送金を段階的に制限した。これにより観光客数とカジノ収益は一時的に減少したが、マカオ政府は非ゲーミング領域の拡充に舵を切り、エンターテインメント、文化、家族向け観光など多角的な都市機能の強化を進めている。マカオの事例は、中国経済の成長と統制の狭間で発展を遂げた「国家管理型市場開放モデル」として位置づけられ、アジアにおけるIR産業の方向性を示す象徴的存在である。 3,アメリカ:統合型リゾート概念の原点と産業の成熟 アメリカは、統合型リゾート(IR)という概念の発祥地であり、その発展は世界のIR政策の基礎を築いた。アメリカ国内にはネバダ州やニュージャージー州をはじめ、複数の州で異なる制度・形態のIRが存在している。その中でも特に象徴的なのが、ネバダ州ラスベガスを中心に発展した「ラスベガス型IR」である。 ラスベガス型IRとは、民間企業主導による商業的リゾート開発モデルであり、カジノを中心に宿泊施設、ショー、レストラン、会議場などを一体的に組み合わせた都市型エンターテインメント施設群を指す。現在、アメリカ全土では統合型リゾートと呼ばれる施設がおよそ60〜70存在し、そのうちラスベガス型とされる大規模商業IRはネバダ州およびニュージャージー州を中心に約20施設前後で展開されている。20世紀半ば以降、砂漠地帯に建設されたラスベガスは、ギャンブルを起点としながらも「非ゲーミング要素(Non-Gaming)」を積極的に拡充することで観光都市としての地位を確立した。代表的な施設には「Caesars Palace」や「Bellagio」、「Wynn Las Vegas」などがあり、高品質なショーや芸術的空間の提供によって、ギャンブル中心の娯楽産業を文化・観光産業へと転換させた。 一方で、アメリカ国内にはラスベガス型とは異なる制度的背景を持つ「インディアンカジノ(部族カジノ)」が存在する。これは、先住民族の経済的自立を目的として1988年に制定された「インディアン・ゲーミング規制法(IGRA)」に基づき、連邦政府の承認のもとで運営されるものである。インディアンカジノはネイティブアメリカンの居住地域に設置され、州政府の直接的な課税対象外となることが多い。そのため、部族社会の雇用創出や地域経済の活性化に大きく寄与している一方、施設間の競争や運営透明性、依存症対策といった社会的課題も指摘されている。 アメリカのIR産業の成功要因としては、こうした多様な制度的枠組みの共存が挙げられる。ラスベガスの自由市場型モデルと、部族カジノの自治的運営という二つの形態が併存することで、地域特性や社会背景に応じた柔軟なビジネスモデルが形成されている。また、自由競争によるサービス革新、民間企業の資金力、エンターテインメント産業との連携が、世界に先駆けてIRの多角的発展を可能にした。アメリカの事例は、商業的成功と社会的責任の両立を模索してきた先進的モデルとして、各国の政策設計における重要な比較対象となっている。 4.韓国:文化と観光を融合した規制下でのIR展開 韓国は、厳格なカジノ規制のもとでIRを観光振興政策の一環として発展させてきた。国内では、韓国人が利用できるカジノは江原道の「江原ランド」に限られており、他の17施設はすべて外国人専用である。このような制度のもとで、政府は外国人観光客を主なターゲットとするIRの開発を推進している。 韓国のカジノ産業は、戦後から現在に至るまで、段階的な制度変遷を経て形成されてきた。まず、1948年の建国から1960年代までは、賭博行為が刑法で全面的に禁止される「厳格な禁止期」であり、国内に合法的なカジノは存在しなかった。転機となったのは1967年の「観光振興法」の制定である。これにより、外貨獲得を目的とした外国人専用カジノの合法化が認められ、同年、ソウル市内に韓国初の合法カジノ「ウォーカーヒル・カジノ」が開業した。その後、1990年代にかけて済州島など観光地を中心に外国人専用カジノが増加し、観光産業の一部として定着していった。 次の大きな変化は、2000年の「江原ランド法」による国内向けカジノの限定的解禁である。かつて炭鉱地として栄えた江原道の地域再生を目的に、韓国人の入場が唯一許可された「江原ランド」が開業した。この施設は、失業対策や地域活性化という社会政策的目的のもとで設置された特例的な存在であり、他地域では引き続き外国人専用制度が維持された。このため、韓国のカジノ制度は「外国人専用17施設+国内向け1施設」という独自の二層構造を持つに至った。 そして2010年代以降、政府は「カジノ=ギャンブル」ではなく「文化・観光の複合インフラ」としてのIR(統合型リゾート)政策へと舵を切った。代表的な事例が、仁川国際空港近郊に開業した「Paradise City」(2017年)である。同施設は、カジノに加えてホテル、コンベンション施設、K-POPライブホール、美術館などを備えた複合文化リゾートとして運営されている。また、済州島に開業した「Jeju Dream Tower」も、リゾート性を活かした観光型IRとして注目されている。 韓国のIR発展は、2000年代以降の中国経済の急成長と中間層の拡大と密接に関係している。中国政府がマカオへの渡航を制限する一方で、韓国は地理的に近く、ビザ制度も比較的緩やかであったことから、中国人観光客が主要な顧客層として流入した。特に仁川や済州といった地域は航空アクセスの利便性が高く、中国・日本・東南アジアを結ぶ観光ハブとしての地位を確立している。 韓国の成功要因は、こうした外国人需要を的確に取り込みつつ、国内世論への配慮として外国人専用制度を維持し、文化・芸能などのソフトコンテンツを融合させた点にある。K-POPや韓流ドラマといった韓国独自の文化資源をIR運営に組み込み、「ギャンブル依存」ではなく「総合エンターテインメント」としてのブランド価値を高めることに成功した。結果として、韓国は厳しい規制環境を逆手に取り、段階的な制度改革と文化戦略を両立させた独自のIRモデルを確立したといえる。
第二章 海外事例
海外のIR事例 シンガポール:政府主導による成功モデル シンガポールは、IR導入に成功した国として世界的に高い評価を受けている。2000年代初頭、政府は観光産業の競争力低下を背景に、経済活性化策の一環として統合型リゾートの導入を決定した。2005年に議会で合法化が承認され、2010年に「Marina Bay Sands」と「Resorts World Sentosa」の二つのIRが開業した。政府が、IRを単なる娯楽施設としてではなく、国際会議や展示会(MICE)を通じたビジネス拠点、文化・観光の発信地として位置づけたことが成功の要因の一つである。また、カジノ依存への懸念を抑えるため、シンガポール国民と永住者に入場料を課す制度を導入し、社会的合意のもとで事業を進めた点も重要である。さらに、施設の約7割を非ゲーミング領域が占め、ホテル、レストラン、ショッピングモール、劇場、美術館などを融合させた総合的な都市観光拠点を形成した。このように、政府の明確な戦略と厳格な規制、そして非カジノ要素への重点的投資が、IRを国家経済に寄与する成功モデルへと導いた。 マカオ:中国特別行政区における世界最大のIR集積地 マカオは、世界最大規模のIRが集積する地域として知られている。1999年の中国返還後、「一国二制度」により高い自治権を維持し、2002年にカジノ運営権を海外資本に開放したことが発展の契機となった。ラスベガス・サンズ社による「The Venetian Macao」や、メルコ社の「City of Dreams」、ギャラクシー社の「Galaxy Macau」など、国際的なIR企業が相次いで進出した。これらの企業は、資金力と運営ノウハウを生かして大規模開発を進め、短期間でマカオを世界有数の観光都市へ押し上げた。成功要因としては、香港や中国本土からのアクセスの良さ、政府によるライセンス制度の柔軟な運用、そして海外資本による競争原理の導入が挙げられる。一方で、カジノ収益への依存度が高く、経済構造の偏りという課題も抱える。近年では非ゲーミング要素の拡充に力を入れ、エンターテインメント施設やショッピングモール、家族向けアトラクションなどを取り入れることで、持続可能な観光都市への転換を目指している。マカオの発展は、民間主導型の市場開放が短期間で大きな経済成果をもたらした典型的事例といえる。 アメリカ:統合型リゾート概念の原点と産業の成熟 アメリカは、統合型リゾート(IR)という概念の発祥地であり、その発展は世界のIR政策の基礎を築いた。ネバダ州ラスベガスでは、20世紀半ばからカジノを中心に宿泊、ショー、レストラン、会議施設を統合した複合型リゾートが誕生した。代表的な施設には「Caesars Palace」や「Bellagio」、「Wynn Las Vegas」などがあり、ギャンブルに加えて高品質なエンターテインメントや芸術的空間を提供することで、観光都市としての地位を確立した。これらの施設群が「統合型リゾート」というビジネスモデルの原型を形成したといえる。 一方で、アメリカ国内にはラスベガス型とは異なる制度的背景を持つ「インディアンカジノ(部族カジノ)」が存在する。これは、先住民族の経済的自立を目的として1998年に成立した「インディアン・ゲーミング規制法(IGRA)」に基づき、連邦政府の承認のもとで運営されるものである。インディアンカジノはネイティブアメリカン居住地域に設置され、州政府の直接的な課税対象外となることが多い。そのため、部族社会の雇用創出や地域経済の活性化に大きく寄与している。一方で、施設間の競争や運営透明性の問題、依存症対策などの社会的課題も指摘されている。 アメリカのIR産業の成功要因としては、こうした多様な制度的枠組みの共存が挙げられる。ラスベガスの自由市場モデルと、部族カジノの自治的運営という二つの形態が共存することで、地域特性に応じたビジネスモデルが形成されている。また、自由競争によるサービス革新、民間企業の資金力、エンターテインメント産業との連携が、世界に先駆けてIRの多角的発展を可能にした。アメリカの事例は、商業的成功と社会的責任の両立を模索してきた先進的モデルとして、各国の政策設計における重要な比較対象となっている。 韓国:文化と観光を融合した規制下でのIR展開 韓国は、厳格なカジノ規制のもとでIRを観光振興政策の一環として発展させてきた。国内では、韓国人が利用できるカジノは江原道の「江原ランド」に限られており、他の17施設はすべて外国人専用である。このような制度のもとで、政府は外国人観光客を主なターゲットとするIRの開発を推進している。代表的な事例が、仁川国際空港近郊の「Paradise City」(2017年開業)であり、カジノに加え、ホテル、コンベンション施設、K-POPライブホール、美術館などを備えた複合文化リゾートとして運営されている。また、済州島に開業した「Jeju Dream Tower」も、リゾート性を活かした観光型IRとして注目されている。韓国の成功要因は、外国人専用制度により国内の反対意見を最小限に抑えつつ、文化・芸能などソフトコンテンツを融合させた点にある。さらに、仁川や済州といった地理的優位性を活かし、東アジアの観光ネットワークの一角を担う戦略が奏功した。韓国の事例は、厳しい規制環境下でも文化的価値を高めることで持続的なIR運営を実現した点に特徴がある。
第二章
第2章 検討対象の整理 2-1. IRの経済効果研究 IR(統合型リゾート)は、カジノを含む多機能型施設として観光振興・地域経済活性化を狙う政策手段として世界的に注目されてきた。理論的には、IRの導入は地域の需要を拡大し、観光消費・雇用・税収を増やす「地域経済波及効果」を生むとされる。観光経済学では、旅行者の支出が建設業、サービス業、交通業などへ波及し、乗数効果によって地域経済を押し上げることが知られている(日本観光学会, 2020)。 日本政府も、IRを観光立国政策の中核として位置づけてきた。2002年に「観光立国宣言」が行われ、2000年代後半からはインバウンド需要拡大を目的とした施策が進められた。IR導入の議論は、特に2010年代に入りシンガポールの成功例が注目を集めたことで本格化する。政府の成長戦略では、IRを「国際競争力を高めるための拠点」として位置づけ、外国人観光客増加、雇用創出、地域再生といった多面的効果を期待した(内閣府, 2016)。 研究レベルでも、IR導入による経済効果を分析する試みが行われている。例えば、観光収入や雇用への貢献、税収増加といった定量的分析に加え、都市ブランドや国際会議誘致など非金銭的効果も注目されている。経済産業研究所(2018)の試算では、大阪IRの建設・運営による経済波及効果は年間約1兆円に達し、雇用創出効果は約9万人規模とされた。ただし、こうした推計は前提条件に左右されやすく、長期的な収益の安定性や社会的コスト(依存症・治安悪化)を考慮すると、過度な楽観は危険であるという指摘も多い。 2-2. 海外の主要事例 (1)シンガポール シンガポールは、IR政策の「成功例」として世界的に知られている。政府は2004年にカジノ合法化を決定し、2010年に「マリーナベイ・サンズ」と「リゾート・ワールド・セントーサ」の2施設が開業した。開業から数年で観光客数は約2倍の1,300万人を突破し、GDPへの寄与度も顕著だった(Singapore Tourism Board, 2015)。IR関連産業だけで約9万人の雇用を創出し、観光消費を牽引したとされる。 しかし、経済的成功の裏で社会的課題も浮き彫りになった。カジノ依存症の増加を懸念した政府は、シンガポール国民と永住者に対して入場料を課す制度を導入し、1日150シンガポールドル(約1万5千円)の支払いを義務づけた。これにより、地元住民の利用を一定程度抑制し、観光客中心のカジノ利用を促す仕組みを整えた。このような「依存症対策の制度設計」が成功の大きな要因の一つとされ、日本の議論にも影響を与えた。 シンガポールの事例は、「カジノを地域経済の中心に置きながら、社会的リスクを制度的に管理する」モデルとして評価されている。一方で、観光需要の一時的な集中や新型コロナウイルスの影響など、外的要因によるリスクにも直面しており、安定的な成長維持が課題となっている。 (2)ラスベガス ラスベガスは、IRの原型ともいえる都市であり、長年にわたり世界最大級のエンターテインメント産業を築いてきた。20世紀後半には「カジノ都市」として成長したが、1990年代以降は娯楽・ショッピング・コンベンションを融合させた総合観光都市へと転換を遂げた。この「脱カジノ依存」の方向転換こそが、ラスベガス成功の鍵である。 ラスベガス観光局(LVCVA, 2020)によると、現在の観光収入のうちカジノ収益が占める割合は約35%にまで低下し、残りはホテル・ショー・MICE関連事業が主軸となっている。これは、カジノが都市の主役でなく「入り口の一つ」に過ぎないという構造変化を意味する。また、家族連れやビジネス客を取り込むために「非ギャンブル型の娯楽都市」としてのブランドを確立し、観光産業の多角化に成功した。 このモデルは、日本にとっても示唆的である。IRを単なるカジノ施設としてではなく、「観光・文化・地域資源との融合拠点」として構想することが、長期的な成功の鍵となる。ラスベガスの経験は、依存症リスクの軽減と持続的な集客の両立という点で、政策設計に多くの示唆を与えている。 2-3. 日本のギャンブル市場研究 日本には、すでに多様なギャンブル市場が存在している。代表的なものは、公営競技(競馬・競輪・競艇・オートレース)とパチンコ・パチスロ産業である。これらの市場は長い歴史を持ち、地域経済や雇用に一定の貢献をしてきたが、同時に依存症や人口減少に伴う需要縮小といった課題にも直面している。 まず、公営競技の総売上は約6兆円規模(2023年、日本中央競馬会・地方競馬全国協会等の統計による)で、安定したファン層を維持している。公営競技は、売上の一部を自治体財源や社会福祉事業に還元する仕組みを持ち、地域に還元される点が特徴である。近年はオンライン投票やデジタル配信の導入により、コロナ禍でも売上を維持・回復した事例もある。 次に、パチンコ・パチスロ産業は、長らく日本最大の娯楽産業として存在してきた。ピーク時(1990年代)は市場規模が約30兆円を超えていたが、近年では規制強化や利用者減少の影響により、2023年時点で約15兆7,000億円まで縮小している(日本生産性本部, 2023)。遊技人口は約660万人と減少傾向にあるが、依然として雇用規模は約20万人を超え、地域経済に一定の存在感を持つ。また、近年はホールの複合化(飲食・イベント・休憩施設併設)が進み、「地域密着型の小規模IR」としての機能も見られる。 このように、日本のギャンブル市場はすでに巨大な経済圏を形成しており、IRの導入は新市場の創出というより「既存市場との再配置」として捉えるべき側面がある。特に依存症問題については、既存ギャンブルとの関係性を考慮した包括的な対策が求められている。 2-4. 日本のIR政策と現状 日本におけるIR導入の動きは、2016年の「IR推進法」成立によって正式にスタートした。その後、2018年の「IR整備法」で具体的な制度設計が定められ、最大3か所の区域で整備が認められることとなった。国土交通省と内閣府が主導し、地方自治体と事業者が共同で整備計画を提出する「公募・選定方式」が採用された。 最初に本格的な計画を進めたのが大阪府・市である。大阪IR構想は、2025年の大阪・関西万博との連携を軸に掲げており、開業目標は2029年としている。運営事業者にはMGMリゾーツとオリックスが選定され、総事業費は約1.27兆円にのぼる予定である。大阪府の試算では、年間約2,000万人の来場者と1兆円規模の経済波及効果が見込まれており、関西圏の観光拠点としての期待が高まっている。 一方で、横浜や長崎など他地域の計画は住民反対や財政的課題により停滞・撤退が相次いだ。こうした背景には、依存症や治安悪化への懸念に加え、地域がIRの経済効果をどのように享受できるかという「地元利益の不透明さ」もある。さらに、海外資本への依存度が高い点や、国内企業がIR運営ノウハウを十分に持っていない点も課題とされている。 今後の日本型IRは、シンガポールのように社会的リスク管理を徹底しつつ、ラスベガスのような「脱カジノ依存型モデル」へ発展できるかが鍵となる。そのためには、地域の観光資源や既存の娯楽産業との連携を重視した、持続可能なIR運営の在り方が求められている。 まとめ 本章では、IRの経済効果研究、海外の主要事例、日本のギャンブル市場の現状、そして国内IR政策の動向を整理した。これらの検討から明らかになるのは、IRが単なる経済施策ではなく、「既存市場と社会リスクをどう共存させるか」を問う総合政策であるという点である。次章では、これらの知見を踏まえ、日本におけるIRと既存ギャンブル市場の関係性をデータ分析により明らかにし、「日本型IR」としての共存の可能性を探る。
序論
IR概論 IRの定義と背景 IR(Integrated Resort:統合型リゾート)とは、カジノを中心に国際会議場、展示施設、ホテル、ショッピングモール、エンターテインメント施設などを一体的に整備した複合観光施設を指す。単なるカジノ施設ではなく、観光・ビジネス・娯楽を包括的に提供することを目的としており、近年ではシンガポールの「マリーナベイ・サンズ」や「リゾート・ワールド・セントーサ」、マカオやラスベガスの統合型リゾート群がその代表例として挙げられる。これらは各国において観光資源としての役割を果たし、地域経済の活性化や国際的な集客力強化に大きく貢献している。 日本においてIRが注目されるようになった背景には、少子高齢化に伴う国内需要の縮小と、観光立国を目指す政策がある。政府は2000年代以降、訪日外国人旅行者の増加を成長戦略の柱と位置づけており、IRはその一環として検討されてきた。特に2010年代に入ってからは、シンガポールにおけるIRの成功事例が日本でも大きく取り上げられ、経済効果の観点から導入の必要性が議論されるようになった。 IR導入の目的と期待される効果 IR導入の最大の目的は経済効果の創出にある。第一に、外国人観光客の増加が期待される。特にアジア近隣諸国からのインバウンド需要を取り込み、観光収入を拡大することが見込まれる。第二に、IRの整備は大規模な雇用創出につながる。建設段階における雇用に加え、運営段階でもホテル・飲食・イベント運営など多様な分野での雇用機会が生まれる。第三に、国際会議や展示会を開催できるMICE施設の整備により、ビジネス客の誘致や地域ブランド力の向上も期待される。 さらに、インフラ整備や地域振興といった副次的効果も見込まれる。IRの建設は周辺地域の交通網や都市開発を促進し、地域経済全体の活性化に波及する。こうした効果は、観光立国を掲げる日本政府の政策とも合致している。 IRをめぐる課題と懸念 IR導入にあたっては、期待される経済効果と同時に、社会的な課題やリスクへの懸念も少なくない。なかでも最も大きな論点のひとつがギャンブル依存症である。カジノ施設の設置によって新たな依存症患者が増える可能性が指摘されており、日本社会においては特に深刻な課題と考えられている。厚生労働省が2017年に実施した調査では、日本人のギャンブル依存症有病率は約3.6%と報告されている。これは世界平均(0.2〜0.5%程度)と比べて高い水準にあり、既に他国よりも依存症リスクが高い社会であることを示している(厚生労働省,2017)。 また、日本には既存のギャンブル市場がすでに巨大な規模で存在している。パチンコ産業は2022年時点で約14兆円規模とされ、公営競技(競馬・競輪・競艇・オートレース)を合わせると6兆円を超える(日本生産性本部,2022)。このように日本社会はすでに「ギャンブル依存の土壌」を抱えており、新たにIRが導入されることで依存症や関連する社会問題がさらに拡大するのではないかとの懸念が強い。 さらに、治安や地域社会への影響も課題である。カジノは多額の資金が流通するため、マネーロンダリングや反社会的勢力の関与といったリスクが指摘される。また、交通渋滞や騒音、観光客増加に伴う生活環境の変化など、地域住民に直接影響を及ぼす問題も無視できない。 経済面でも慎重な検討が必要である。海外の事例では、観光需要の変動や規制強化によってカジノ収益が不安定になるケースもあり、長期的に地域経済を支える基盤として十分かどうか疑問が残る。このように、IRは経済的メリットを持つ一方で、社会的コストを伴う複雑な政策課題であると言える。 日本におけるIR政策の現状 日本では2016年に「IR推進法(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律)」が成立し、2018年には「IR整備法」が制定された。これにより、一定の条件を満たした自治体においてIRの整備が可能となった。政府は最大3か所のIR整備を認める方針を示し、候補地として大阪、横浜、長崎などが名乗りを上げた。最終的には大阪府・市が先行して開業を目指しており、2029年の開業を目標としている。 これらの動きは、単なる観光施策にとどまらず、地域経済の再生や国際競争力の強化といった広い視点から位置づけられている。しかし同時に、住民投票や世論調査では根強い反対意見も存在しており、政策決定において社会的合意形成の難しさが浮き彫りになっている。 本論へのつなぎ 以上のように、IRは経済効果と社会的リスクという両面を持つ存在である。経済振興や観光立国政策の推進に寄与する可能性がある一方で、依存症や治安悪化などの社会的リスクも軽視できない。特に日本では、既存の公営競技やパチンコといったギャンブル市場がすでに存在しているため、IRの導入はこれらとの共存をどう図るかという課題を伴う。本論文では、IRと既存ギャンブル市場の関係性に着目し、経済効果と社会的リスクの最適化を目指す方策を検討していく。
論文要約・紹介
v1p1_kim 研究目的 韓国の統合型リゾート(IR)産業の現状と、それを支える観光教育カリキュラムを分析し、日本(特に大阪IR)の将来的な人材不足への対応策を示唆する。 主な内容 ① 韓国のIR産業の状況 現在、韓国には18のカジノが存在し、そのうち17は外国人専用。 唯一、韓国人も入場できるKangwon Landは公的資本が大半を占め、雇用・経済振興の役割を担う。 Inspire Resort(2024年開業)など大規模IRの登場で、労働力不足が深刻化。 ② 労働力と観光人材育成のギャップ 韓国では毎年観光学科から約1万人が卒業するが、業界が吸収できるのは35%未満。 COVID-19による観光客激減と人材流出で、接客の質低下→観光客減少→業績悪化という悪循環が発生。 ③ 教育制度の課題 ホテル・カジノ分野の教育機関は大学1校、大学院1校、専門学校6校と極めて少ない。 実務力を育む産学連携・インターン機会の整備も不十分。 結論 韓国のIR産業は成長しているが、それを支える人材育成のインフラが不足。 同様の課題が予測される日本(大阪IR)では、早期に観光・IR分野の教育カリキュラム整備が急務。 産業界と教育界の連携によって、専門人材の確保・育成が求められている。 自分の意見 金志善氏の論文では、韓国IR産業が拡大する一方で、深刻な人材不足に直面しており、その対策として観光人材育成の必要性が指摘されていた。 この議論は、日本におけるIR導入においても、制度的整備や経済波及効果だけでなく、“誰がIRを担うのか”という視点の重要性を改めて浮き彫りにしている。 私は卒業論文で「IRと既存ギャンブル市場の共存戦略」をテーマにしているが、本論文を読んで、共存を実現するには制度や立地の問題だけでなく、IR自体の構造をどう設計するかという観点も不可欠だと感じた。 例えば、現在地方では、パチンコ店がリノベーションされ、直売所や飲食施設、地域交流スペースとして再活用されている事例が見られる。 これは単なる再活用ではなく、既存ギャンブル施設が“稼ぐ力”と“地域機能”を併せ持つ空間へと進化している兆候とも捉えられる。 こうした空間に観光・宿泊・飲食・イベントなどの要素を組み込めば、小規模ながらIR的な複合施設のモデルになり得る。 このように、IRのハードウェア的側面(施設規模や立地)だけでなく、ソフトウェア的側面(担い手の多様性、地域への組み込み方)を柔軟に設計することが、既存ギャンブル市場との共存の鍵になると考える。 また、金氏が指摘するような専門人材育成も重要だが、日本におけるIR構想が本当に地方創生を目指すなら、“すでに地域にいる人”を育て活かす仕組みのほうが、持続可能性の観点では現実的である。 卒業論文では、IRと既存ギャンブルの制度的・空間的共存に加え、その共存を可能にする“構造の柔軟性”と“地域主導の運営モデル”の必要性についても考察を深めていきたい。 参考文献 長崎県立大学国際交流研究センター『国際研究評論』創刊号 A Study on the … 続きを読む
取材日程Bチーム
AIにご飯を提案してもらおう。 10日 昼 16日 夜 21日 昼 責任者 みんくん、四方さん AIに美術作品を説明してもらおう。 10日 昼(前後) 責任者 石橋 AIクッキング 9日 ゼミの時間 岡田さん
論文要約と意見
シンガポールにおける観光とMICEの発展 要約と意見 ・要約 この論文は、シンガポールが観光とMICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition)を国家戦略の中核に据えてどのように発展させてきたかを論じたものである。資源の乏しいシンガポールが、観光とMICEを「稼ぐインフラ」として制度的に強化し、都市開発と連動させながら展開してきた政策的経緯が詳細に分析されている。 1980年代にはナイトサファリなど家族向け施設による集客に注力していたが、2000年代以降は大規模な都市再開発とともに、マリーナベイ・サンズやリゾート・ワールド・セントーサといった統合型リゾート(IR)を観光の中核に据える戦略に転換した。これらのIRは単なるレジャー施設にとどまらず、会議場・展示場・高級ホテル・カジノ・ショッピング施設・エンタメ施設が一体化した「都市装置」として設計されており、観光・ビジネス・文化が融合した空間づくりが特徴的である。 さらに、政策立案の過程では観光客数・MICE件数・宿泊日数・消費額など具体的なKPIを活用し、データに基づいた観光政策のPDCAを回している点にも注目が集まる。観光が単なる民間の活動ではなく、国家的な成長戦略の一部として、地理的・制度的に構築されていることが強調されていた。 ・意見 この論文を読んで特に印象的だったのは、IRが単なるギャンブル施設や観光拠点という枠を超えて、都市そのものの価値を高める多機能空間として設計されているという点である。MICEとの連携によって観光の滞在価値を高め、地域の経済循環を促進するという視点は、今後日本がIRを導入していくうえで重要なヒントになると感じた。 特に日本では、ギャンブルに対するイメージがいまだに否定的な側面が強く、IRについても「カジノの導入」として矮小化された議論になりがちである。しかし、シンガポールの事例を見ると、カジノ部分はあくまで一部であり、その収益が他の非ギャンブル施設の運営や文化機能を支えるという財源構造の柔軟性こそが重要視されている。日本でもこのような「統合」の思想をどう制度設計に落とし込むかがカギになるのではないかと思った。 また個人的には、IRと既存のギャンブル産業(特にパチンコなど)との融合の可能性にも関心を持った。現在、日本では中小規模のパチンコホールが経営難で閉店を余儀なくされる一方で、大手ホールは生き残り、施設の大規模化・複合化が進んでいる。このような状況下で、IR的な要素(たとえば飲食・イベント・観光拠点機能)を組み込んだ「地域型エンタメ施設」への転換は、既存市場を生かしたかたちでのIR的発展モデルになり得るのではないかと感じた。 つまり、シンガポールが都市規模でIRを設計したのに対し、日本の場合は既存のギャンブル施設の空間的・制度的アップデートを通じて、分散型・地域密着型のIRを模索するアプローチも考えられるのではないかと思う。このような視点からも、都市戦略としてのIRのあり方を多面的に考える必要があると改めて感じた。 参考文献 シンガポールにおける観光とMICEの発展 Development of Tourism and MICE in Singapore 杉本 興運 SUGIMOTO Koun 2017年