日本のDXはなぜ遅れているのか
どの分野で遅れていて、それはどうしてなのか
改善するにはどうしたらいいのか
「推し活とぬい活から見るソリッド消費の再評価」
I.リキッド消費の台頭
この章では、数十年前のそれからは大きく変容を遂げた「消費」の形を説明する為に、特に現代において「リキッド消費」と呼称されるものについて紹介していく。
かつての社会で圧倒的に主流であった消費の形態は、「モノを所有して消費する」という消費の仕方だった。日本経済においては、戦後の高度成長期やバブル期に非常に盛んだった傾向であり、何かを所有すること、それ自体に価値が置かれていた消費の形態とも形容できる。そんな消費と対になる概念が「モノを所有せずに消費する」という消費の仕方を表すリキッド消費である。これは、正に現代になってから注目され始めた消費の形態であり、リキッド消費という概念が生まれ、議論がなされ始めたのも、比較的最近の2017年のことだ。但し、リキッド消費とは数年単位で移り変わるようなトレンディな消費傾向を指す言葉ではなく、今後数十年という単位で議論されるべき、大きな流れである。
近年リキッド消費が注目されるようになった理由は、一般的に「デジタル技術の進展(それに伴うシェアリングエコノミー、サブスクリプションサービスの浸透)」や「人々の価値観の変化」、「環境意識の高まり」などがあるとされている。中でも特に重要だと考えられるのは「デジタル技術の進展」である。スマートフォンなどに代表される個人デバイスの普及、インターネットなどの通信インフラの高度化によって、個々人は必要な時に必要な分だけ、商品やサービスにアクセスすることが可能になった。こうした環境の変化が、従来の「モノの所有」を中心とした消費形態から、「モノの利用」を重視する新しい消費形態の創出を促した。近年のシェアリングエコノミーやサブスクリプションサービスの急速な拡大は、リキッド消費の社会浸透を象徴する最たる例と言える。 その具体例として、2つの企業を取り上げてみる。
まず第一に、音楽産業においては、サブスクリプション型のストリーミングサービスを提供する企業が増加傾向にあるが、ここではその中でも世界最大手と名高いSpotifyを挙げる。Spotifyは、2025年現在、世界180ヶ国以上の国と地域で、7億1300万人のユーザー(うち2億8100万人が有料会員)に利用されている。主なサービスとして、膨大な楽曲カタログへのアクセス権を月額料金制で提供しており、ユーザーは所有する為の購入行為を行うことなく、必要な時に必要な楽曲に即座にアクセスできる。これはCDやダウンロード購入を前提とした従来の消費とは異なり、リキッド消費に即した形の消費行動を社会にもたらした。同社は、現在に至るまで継続的にユーザー数と収益を伸ばし続けてきている。月間ユーザー数は、2015年第一四半期時点では6800万人であったのが、2024年第一四半期時点では5億7000万人を超え、2025年第一四半期時点では6億7500万人を獲得している。特に2024年から2025年にかけては月間ユーザーが1億人増加しており、さらに有料会員に関しても、2億3000万人から2億6300万人と、大幅な伸び率を記録している。
第二に、シェアリングエコノミーの代表例として、パーク24の提供する大手カーシェアリングサービス、タイムズカーシェアを取り上げる。カーシェアリングは、個人が自家用車を所有する代わりに、必要なときだけ近隣のステーションから車両を利用できるサービスである。予約から返却までが無人で完結することや、時間制でどんなタイミングでも気軽に使用ができることなどから、レンタカーよりもさらに柔軟性のある利用を可能にしている。従来通り、車両を所有した上で利用する場合には、車両本体の購入費用や維持費、駐車代等、多くのコストを負担せねばならないが、カーシェアリングにおいてはこうした費用を利用者が意識する必要がない。このカーシェアリングという事業形態が社会に受容され、利用されている所にも、使いたい時に使いたいだけアクセスするという、リキッド消費の浸透を見ることが出来る。
II.リキッド消費の特徴
リキッド消費とは、2017年にマーケティング学者であるBardhi and Eckhartの論文で示された概念であり、社会学者であるBaumanのリキッド・モダニティ論から着想を得たものとされている。端的には「短命性、アクセスベース、脱物質的」という3つの特徴を持つ消費のことである。
短命性とは、我々消費者の価値観が流動的になった結果、社会構造そのものが変化する速度が早まったり、技術革新などの要因によって製品ライフサイクルが短くなったりすることで、消費者と消費対象との関係性や、それらから得られる価値が、一時的で持続せず、特定の文脈で固有となる、という特徴のことである。デジタル化の進展によって更新頻度が高まる傾向にあるソフトウェアなどが代表例となる。
アクセスベースとは、消費者がレンタルやシェアなどの方法で消費対象を利用し、取引の後でも対象の所有権の移転は行われない、という特徴のことを表す。あくまで消費者は一時的な利用者に過ぎない。カーシェアリングやシェアサイクルなどが代表例である。
脱物質的とは、同じレベルの機能を得るのに、より少ない物質を使うこと、もしくは全く物質を使わない、という特徴のことを表す。これには情報製品やサービス、経験の消費も含まれている。この特徴もデジタル化の進展の影響を強く受けているもので、各種サブスクリプションサービスやストリーミングサービスが代表例である。
また、リキッド消費が選好される場合の状況というものも存在する。対象の製品およびサービスについて、自己関連性が低い場合。SNSでの投稿やアフィリエイトなど、打算的で商品化された社会関係を持つ場合。状況的に、モビリティ・システムが充実しており、移動手段などに簡単にアクセス出来る場合。偶発性に左右されるクリエイティブ産業などに従事する人の場合。以上のような場合、従来のような所有ベースの消費ではなく、アクセスベースのリキッド消費がなされるとされている。
数々のリキッド消費に関する議論において、一側面が強調されたり、解釈に幅はあったりするものの、基本的な特徴は以上のようなものである。
III.研究目的および先行研究の整理
1.研究目的と背景
前章までは、近年世界的に広がりを見せているリキッド消費に関しての紹介と説明を行ってきたが、ここで本論文の目的と、その背景について説明する。
昨今、「推し活」や「ぬい活」というワードが社会の中でも大きな話題となっている。かつてはそう一般的に知られるような概念ではなかったかもしれないが、どちらも近年の新語・流行語大賞としてノミネートされ認知されるなど、若年層を中心とした社会に浸透していると考えて相違ないだろう。公的機関の調査結果こそ出ていないものの、民間の調査機関によれば、2021年の「推し活」の市場規模は約7000億円と推定されていたのが、2025年3月時点での市場規模は約3.8兆円に達すると推計されており、推し活を行う人口そのものはもちろん、これに着目する組織や製品・サービスも増加傾向にあると見受けられる。
推し活の内容はコンテンツビジネスに限定したとしても多岐に渡るが、その中でも直近で話題になっている「ぬい活」は、リキッド消費が広まる現代社会の中にあって、それとは対照的な、いわゆるソリッド消費に明確に分類される消費形態であると考えられる。一方で、ライブや聖地巡礼、イベント参加など、どちらかと言えばリキッド消費の側面を持つような推し活の存在も無論根強い。
つまるところ、推し活というのはスペクトラムの対極に位置する概念であるリキッド消費とソリッド消費が、同じ瞬間に成立・もしくはその狭間にあるような消費が行われている文化なのである。
そこから、今後のコンテンツビジネスや玩具ビジネスにおけるソリッド消費の再評価傾向やリキッド消費とソリッド消費の側面を併せ持つ、より特殊な消費形態、そして昨今のSNS社会において、消費者がモノの価値を作り出す可能性などについて考察しつつ、リキッド消費研究などが盛んな今、敢えて現代のコンテンツビジネスにおけるソリッド消費の持つ優位性を述べ、今後のソリッド消費の展望を明らかにすることを本研究の目的とする。
2.先行研究の整理
本論文では、以下2つの先行研究を取り上げて説明する。
2023年に発表された、慶應義塾大学の北澤氏、小野氏の論文(※1)では、コンテンツビジネスの消費者について、コンテンツの自己関連性の低い「ファン」、コンテンツの自己関連性が高く、社交性も高い「マニア」、コンテンツの自己関連性は高いが、社交性が低い「オタク」、という風に3種類に定義し、分析している。
コンテンツの販売形態におけるリキッド消費についても新たな解釈を加えており、貸本やレンタルビデオ、サブスクリプションサービスなどにおけるリキッド消費を「レンタル=サブスク型リキッド消費」、ライブや聖地巡礼などにおけるリキッド消費を「経験価値型リキッド消費」として呼称している。前者はリキッド消費研究の視点に適合するもので、消費者にとって低コストであり、それ故に自己関連性が低い消費者に選択される。後者は、経験価値研究の視点に適合するもので、経験価値研究においては、リキッド消費研究の指摘とは矛盾するようだが、自己アイデンティティやコミュニティの形成がなされる経験消費の方が物質消費よりも幸せになれるものとされている。経験価値型リキッド消費はレンタル=サブスク型リキッド消費とは反対に、消費者にとって高コストであり、自己関連性の高い消費者においてのみ選択される。
また、実験を通じて、ファンは個人的所有感と集団的所有感が低く、レンタル=サブスク型リキッド消費を選択すること、マニアは個人的所有感と集団的所有感が共に高く、経験価値型リキッド消費とソリッド消費を選択すること、そしてオタクは個人的所有感は高いが集団的所有感が低く、ソリッド消費を選択することを証明している。
2021年に発表された、慶應義塾大学大学院の山本氏の論文(※2)では、リユース行動の広まりに関連して、従来の所有行動や共有行動とは異なる新しい所有の方法として、一時的所有行動という概念を提唱している。
近年、フリマアプリやオークションサイトといったオンライン・プラットフォームの整備によって、活発かつ健全な二次流通市場が生まれ、不用品が容易に売却出来るようになり、また売却価格や再販価格も逐一把握出来るようになった。こうした理由から、一時的所有行動に注目すべきであると説明している。また、一時的所有に関連する先行研究として、リキッド消費、共同消費、シェアリング・エコノミーを、それぞれに複数の定義があるとしながら概観し、その上で、一時的所有行動を行う消費者を想定し、フリマアプリの利用者の観点から、一時的所有行動との相違点を説明している。
リキッド消費の分野では、「新品を数回(あるいは1回)使って売った経験がある」、「モノをあまり持ちたくない」と考えるフリマアプリ利用者が存在すると示す調査結果から、モノの所有期間の短期化や脱物質主義的な消費が広まっており、リキッド消費の特徴を備えていると説明。アクセス・ベースの観点から考えた場合のみ説明はやや特殊になり、一度所有権の移転が起こる一時的所有行動はそれに当てはまらないように考えられるが、一時的な所有は「それが必要な間のみ、その製品の価値にアクセスしている」とも捉えられる、としている。以上のことから、一時的所有行動は、ソリッド消費とリキッド消費とを両極としたスペクトラム上に位置させた場合、極めてリキッド消費的であるという。
共同消費においては、所有権の移転が行われる取引を含めるかどうかという点で議論が分かれているものの、その特徴として重要なのはC2Cの経済的交換であることと、その仲介がプラットフォームで行われることにこそある。一時的所有が最終的には二次流通を見据えた所有行動であることと、二次流通市場がプラットフォームであると当て嵌められる点から、「一時的所有は所有権の移転を伴う共同消費」と説明している。
シェアリング・エコノミーの観点においては、経済的価値の移転、プラットフォームの仲介、拡張された消費者の役割、クラウドソーシングされた供給、一時的アクセスという5つの側面の内、一時的アクセスを除いた4つの側面は有しているものと考えている。
以上のことを総括し、一時的所有は、その関連概念と比較して、所有権ベースでありながらも、その実態はリキッド消費的であるという所に独自の特徴があると結論付けている。また、従来の所有行動と比較して、C2CやC2Bなど、B2Cに限らない取引形態の多様さであったり、従来の所有行動とは異なり、購入時に売却することを想定しているが故の所有期間の短さであったり、リユースの選択肢拡大による所有の停止方法の違いであったりと、相違点についても明らかにしている。
4章「リキッド消費とソリッド消費に関する考察」
1.新規性について
北澤、小野(2023)の論文においては、リキッド消費を「レンタル=サブスク型リキッド消費」と「経験価値型リキッド消費」という2つの分類にしたり、コンテンツビジネスにおけるファンとマニア、オタクがどのような論理でどのような消費・所有行動を選択するのかを明らかにしたりしているが、コンテンツビジネスにおけるソリッド消費そのものが持つ可能性や展望についての研究はしていない。また、コンテンツ消費者や心理的所有感、消費様式を2種類から3種類として取り扱っているが、これ以外の種類を識別してモデルに取り込むことはしなかったとしている。
山本(2021)の論文においては、所有権ベースでありながら、実態はリキッド消費に即しているという一時的所有の概念を提唱し、「リキッド消費とソリッド消費の側面を併せ持つ、より特殊な消費形態」について説明したり、所有行動における消費者の介入について触れているが、こちらもソリッド消費そのものについては研究されていない。
本研究では、推し活やぬい活という消費行動から、今現在起こっていると考えられるソリッド消費の再評価、そして消費者がモノの価値を作り出している可能性について考察し、ソリッド消費の今後の展望について予測することを新規性としたい。
2.リキッド消費とソリッド消費に関する考察の過程
第三章の先行研究の整理などからも窺い知れるものではあるかもしれないが、この論文を執筆するにあたってのリキッド消費とソリッド消費に関する筆者自身の思索を、ある程度有意義であるものと期待し、ここに記しておきたい。
まず、この研究を始めるにあたり思考の鍵となったのは、やはり推し活およびぬい活であった。特に後者のぬい活というのは、ぬいぐるみ活動という言葉の略語で、厳密な定義は存在しないものの、例えば「ぬいぐるみの写真を撮る(SNSに投稿する)」、「バッグなどにつける、日常的に持ち歩く」、「収集したり、手作りする」など、基本的にぬいぐるみを推し活であったりファッションであったりという観点から楽しむものとなっている。
これを、私は永続的、所有ベース、物質的という特徴を持つソリッド消費であると判断し、他消費行動と比較した時のソリッド消費の優位性を再評価するに足るトレンドであると判断した。一方で、世の中では各種ストリーミングサービスなど、サブスク=レンタル型リキッド消費の広まりも非常に大きな潮流として存在することから、私は「コンテンツビジネスにおけるリキッド消費とソリッド消費は、今後より二極化に近しい関係性になっていくのではないか」という予測を立てた。
しかし、この予測に一石を投じたアイテムがあった。それが、2025年に爆発的なブームを引き起こした、中国発のキャラクターである「ラブブ(LABUBU)」だ。アイドルを火付け役に、海外セレブやモデル達が所持し始めたことから、それらに憧れる若年層を中心に人気が加熱したグッズである。当初、その販売方法も相まって、希少性のあったラブブは投機の対象などにもなるほどで、「ラブブを所有している」ということが、魅力的なステータスにすらなり得た。しかし今では、ある程度の大衆化が進んだ為に、爆発的な人気と価格高騰はなりを潜め、あくまで普通のキャラクターグッズとして受け入れられ始めている。このラブブというグッズの動向は、全てがせいぜい1、2年の間に起きたことであり、その短命性は明らかである。
話が戻るが、このラブブのありようこそ、正に一時的所有のそれであったのである。現時点でのラブブは異なるだろうが、当初ラブブを所有し、あるいは求めた消費者は「ラブブを所有しているというステータス」にアクセスしようとしていた訳である。当然、ラブブを所有しているというステータスを得るためには、ラブブというモノを購入し、所有しなければならないが、その実態は所有権ベースであるという点を除けば、全てがリキッド消費的であるということで、私を大いに悩ませた。
この思考を経て私が得た知見は、一時的所有という概念が新たに生まれたように、むしろリキッド消費とソリッド消費が入り交じるような新たな消費の形、所有の形が昨今では生み出されている、という事実である。私の最初の予想は全くもって見当違いだった訳だが、こうした思考も無意味ではなかったと考えられる。
3.ソリッド消費が再評価されるべき理由
本研究で扱っている推し活およびぬい活は言わずもがな、モノを所有することを前提とした趣味が広まりつつある。その証左に少子化などの課題がありつつも、日本の玩具市場は近年目覚しい程の拡大を遂げている。2021年に9000億円となって過去最高を更新した市場規模は、その後も右肩上がりで成長し続け、2023年度には1兆円を超え、2024年度には1兆992億円を記録している。
これはキダルト消費というものが牽引役になっている。Kid(子供)とAdult(大人)の言葉を組み合わせて作られたこの造語は、玩具業界で用いられるものであり、かつて子供の頃に楽しんでいた玩具を、大人になってもう一度楽しむというコンセプトを持つ。キダルト層というのは、概ね13歳〜35歳の年齢層の人々を指している。このキダルト消費は日本のみではなく、グローバルに行われているものであり、その背景には、子供向けのものという玩具のイメージが、趣味や自己表現の為のものというイメージに刷新されてきたことがある。SNSでの情報発信の広まりによって、人々は容易に趣味を共有出来るようになり、共通の趣味を持つ人と気軽に繋がることが出来るようになったことが、購買意欲、コレクションの意欲を高め、さらにイメージの刷新にも貢献している。
リキッド消費が広まり、必要なものに必要なだけ手が届くようになった現代社会において、むしろ所有の価値は特別に大切にされる傾向がある。それはリキッド消費に近しい消費の様式には代替できず、ソリッド消費にしか果たせない役割であろう。
4.消費者とモノが創り出す価値
今や、コンテンツグッズの価値はパブリッシャーが想定し、提供しただけのそれに留まらないと私は考えている。無論、昔からあらゆる製品に少なからずそういった側面があることは承知している。例えば、車を自分好みに改造し、メーカーの想定したデザインを超えて、理想の車を作り出すとか、家具のDIYだとかが、それに該当するだろう。
だが、それらはあくまでソリッド消費の範疇を超えないことが多かったものと考えられる。私が主張したいのは、SNSの発展などにより、コンテンツグッズを所有することが、経験価値型リキッド消費の側面を持つようになって来たのではないか、あるいはそれを励起させるような特徴を獲得しているのではないか、という指摘である。
特に顕著な代表例が推し活の痛バッグや、ぬい活のぬいぐるみというモノである。これらは、昨今ではライブやイベントに参加する際に自分のステータスを明らかにして参与する為の、いわば装備のように機能していたり、ぬいぐるみがいる風景というような、ささやかな非日常をSNSなどに投稿することで、日常をちょっとしたイベントにするかのように機能していたりする。
つまり、コンテンツビジネスにおけるグッズの所有、つまりソリッド消費は経験価値型リキッド消費によって得られる経験、体験をより良いものにするという効用がある。これは、モノをそのまま所有しているだけでなく、消費者自身がモノを活用したり、自分の望む形に改良したりして得られる固有の文脈における効用であり、消費者とモノが創り出す価値であると言えるだろう。
V.最後に
本論文では、世界的なリキッド消費の広まりの説明に始まり、コンテンツビジネスという分野への絞り込みを経て、そこにおけるソリッド消費の強みというべきか、役割というべきかを考察してきた。
ソリッド消費は、リキッド消費が広まる前には主流の消費様式だったが、リキッド消費が広まってからは、リキッド消費に注目を置くような研究が多かった。そこで、リキッド消費が広まる現代だからこそ、ソリッド消費のもたらす価値や可能性を指摘すべきではないかと考えた。
推し活、ぬい活の流行や玩具市場の隆盛などから鑑みつつ、自身の見地を述べさせて貰うと、今後より一層、コンテンツビジネス等におけるソリッド消費は重要視されるようになっていくものと考えられる。これはほとんど推測に近いものになってしまうが、昨今の推し活やぬい活の流行は、前述のファン、マニア、オタクでいう所の、マニアの増加現象を示しているのではないか、と私は考えている。
マニアの増加それ自体が、ソリッド消費を促進するのに加えて、4章で触れたように、例えばぬいぐるみなどのグッズを持っていったり、限定販売の衣服などで着飾ったりすることは、自身の好むコンテンツへの参与感を向上させ、あらゆる経験価値型リキッド消費の経験価値を高める為には有効であろう。その為、若年層に好まれている経験価値型リキッド消費が広まれば広まる程に、ソリッド消費も比例して増えていくものと考えられる。
コンテンツやグッズを消費者たちに提供するパブリッシャーは、本論文の内容を適用した場合、リキッド消費とソリッド消費という概念を対立した図式で捉えることなく、より密接な相互関係にあるものとして考えることが要求されてくるだろう。現在でも、各種コンテンツのライブやイベントなどは様々な創意工夫が巡らされていることとは思うが、よりそのコンテンツの消費者が何を求めているのか、何をしたいのか、というような、いわゆるインサイトを重要視する必要があるように思われる。
政府は2006年に教育基本法を改正し、愛国心よりも教育の主体が国民であるという原則が蔑ろにされてしまった。公立の小中高は税金で運営され、国民に教育の機会均等を保障するはずのものであるべきだが、さまざまな部分で機能不全を起こしたまま放置されているのが現状だ。教育改革の根本は政府の規制で縛られている教育に自由を取り戻し、公教育への信頼を取り戻すことでなければならない。目先の問題にだけ囚われており政府は改革を通じて目指すべきものが見えていない。教育改革で大事なことは高校卒業時点でほとんどの生徒が一定基準の共通学力を身につけられることを保証することと、これらの目標を達成するために文部科学省の権限を第三者機関と現場に移すことだ。
日本経済新聞 2007/1/14
学校経営において重要なことは2つある。一つは「当事者意識」である。その欠如は組織にとって最大の問題であり、うまくいかないことを誰かの責任にするなどの状態では迅速な課題解決は難しくなる。当事者意識を高めるには透明性と情報公開が大切だ。二つ目は対話による最上位目標の明確化だ。教員は対話に慣れておらず、問題が起こると様々な立場から解決策が提示され、その衝突によって解決が遅れるということがしばしばある。こういったことを防ぐには上位目標を共有し、実現する手段に焦点を絞って合意を積み重ねていくことが有効だ。学びとは本来、主体的なものだが日本の教育は学力向上ばかりを唱え、結果として学習時間は伸びたが、最も大切な主体性・自律性を奪ってしまっている。
日本経済新聞 2020/5/18
2章「リキッド消費の特性」
リキッド消費とは、2017年にマーケティング学者であるBardhi and Eckhartの論文で示された概念であり、社会学者であるBaumanのリキッド・モダニティ論から着想を得たものとされている。端的には「短命性、アクセスベース、脱物質的」という3つの性質を持つ消費のことである。
短命性とは、我々消費者の価値観が流動的になった結果、社会構造そのものが変化する速度が早まったり、技術革新などの要因によって製品ライフサイクルが短くなったりすることで、消費者と消費対象との関係性や、それらから得られる価値が、一時的で持続せず、特定の文脈で固有となる、という性質のことである。
アクセスベースとは、消費者がレンタルやシェアなどの方法で消費対象を利用し、取引の後でも対象の所有権の移転は行われない、という性質のことを表す。あくまで消費者は一時的な利用者に過ぎない。
脱物質的とは、同じレベルの機能を得るのに、より少ない物質を使うこと、もしくは全く物質を使わない、という性質のことを表す。これには情報製品やサービス、経験の消費も含まれている。
また、リキッド消費が選好される時の特徴も存在する。対象の製品およびサービスについて、自己関連性が低い場合。SNSでの投稿やアフィリエイトなど、打算的で商品化された社会関係を持つ場合。状況的に、モビリティ・システムが充実しており、移動手段などに簡単にアクセス出来る場合。偶発性に左右されるクリエイティブ産業などに従事する人の場合。以上の場合、従来のような所有ベースの消費ではなく、アクセスベースのリキッド消費が選ばれるとされている。
数々のリキッド消費に関する議論において、一側面が強調されたり、解釈に幅はあったりするものの、基本的な性質は以上のようなものである。
3章「研究目的および先行研究の整理」
研究目的と背景
前章までは、近年世界的に広がりを見せているリキッド消費に関しての紹介と説明を行ってきたが、ここで本論文の目的と、その背景について説明する。
昨今、「推し活」や「ぬい活」というワードが社会の中でも大きな話題となっている。かつてはそう一般的に知られるような概念ではなかったかもしれないが、どちらも近年の新語・流行語大賞としてノミネートされ認知されるなど、若年層を中心とした社会に浸透していると考えて相違ないだろう。公的機関の調査結果こそ出ていないものの、民間の調査機関によれば、2021年の「推し活」の市場規模は約7000億円と推定されていたのが、2025年3月時点での市場規模は約3.8兆円に達すると推計されており、推し活を行う人口そのものはもちろん、これに着目する組織や製品・サービスも増加傾向にあると見受けられる。
推し活の内容はコンテンツビジネスに限定したとしても多岐に渡るが、その中でも直近で話題になっている「ぬい活」は、リキッド消費が広まる現代社会の中にあって、それとは対照的な、いわゆるソリッド消費に明確に分類される消費形態であると考えられる。一方で、ライブや聖地巡礼、イベント参加など、どちらかと言えばリキッド消費の側面を持つような推し活の存在も無論根強い。
つまるところ、推し活というのはスペクトラムの対極に位置する概念であるリキッド消費とソリッド消費が、同じ瞬間に成立・もしくはその狭間にあるような消費が行われている文化なのである。
そこから、今後のコンテンツおよびキャラクタービジネスにおけるソリッド消費の再評価傾向や、リキッド消費とソリッド消費の側面を併せ持つ、より特殊な消費形態についても考察しつつ、今後パブリッシャーはどのように消費者のことを捉え、どのようなモノを商品として提供していくべきなのか、具体的に提案したいと考えている。
第四章 日本のIR導入に向けた新たな方向性
パチンコ文化と地域型小規模IRの可能性
4-1 日本型IRに必要な視点の転換
これまで日本のIR政策は、シンガポールやマカオのような大規模・観光主導型のモデルを前提に議論されてきた。しかし第三章で整理したとおり、大規模IRは巨額投資の集中、地域格差の拡大、都市偏重、依存症対策の難しさなど、多層的な課題を抱えている。また、日本は人口構造、観光資源、福祉制度、娯楽習慣などが諸外国と大きく異なるため、海外モデルをそのまま適用すれば同等の成果が得られるとは限らない。
このため、日本のIR政策には、海外の成功例の「部分的模倣」ではなく、日本の文化・生活様式・地域構造に即した“日本独自のIRモデル”を再設計する視点が求められる。
4-2 パチンコ産業にみる地域密着型娯楽の価値
日本で長く定着してきたパチンコ産業は、娯楽としての歴史を持つだけでなく、地域経済の一部として発展してきた点に特徴がある。近年では飲食店、カフェ、フィットネス、キッズスペース、温浴施設、さらには地域イベントの開催などを組み込み、小規模な複合施設(ミニIR)のような形式を自然に生み出してきた。
これらの施設は地域住民の日常生活に根づき、巨大IRとは異なる「生活密着型娯楽空間」として定着している。また、パチンコ産業は依存症対策や年齢確認、遊技機の認定制度など、厳格な管理体制を長年維持してきた。これらの蓄積は、IR運営の健全性確保に応用可能な重要な資源である。
つまりパチンコは、日本における“地域型IR”の雛形ともいえる存在であり、これを活かした政策設計は日本型IRの社会的受容性を大きく高めると考えられる。
4-3 インディアンカジノが示す地域主体型モデルの意義
アメリカのインディアンカジノは、大規模観光施設ではないが、地域社会の収入確保、雇用創出、福祉充実に大きく貢献してきた事例として注目される。部族が主権を持って運営するため、収益は地域内で循環し、教育・医療・社会インフラへの再投資によって生活改善に直結する。
このモデルの重要点は、「小規模でも、地域と一体になれば持続的発展は可能である」という点であり、日本の地方都市が抱える課題と強い親和性を持つ。人口減少や財政難に直面する日本の多くの自治体にとって、地域主体の小規模IRは現実的かつ効果的な選択肢となり得る。
4-4 日本型“地域密着・小規模IR”という新しい方向性
パチンコの複合施設化とインディアンカジノの地域主体性を統合すれば、日本には“地域密着型の小規模IR”という、新しい政策の可能性が生まれる。
このモデルでは、カジノはあくまで施設の一部に過ぎず、中心となるのは飲食、温浴、イベントスペース、地域産品の販売、eスポーツ、ライブステージ、観光案内など、地域需要に応じた多機能施設である。
大規模IRとは異なり、地域住民が日常的に利用し、観光客と住民が共存する“生活型リゾート”として機能する点が特徴である。
また、既存のパチンコホールを段階的に小規模IRへ転換することで、初期投資を抑えつつ新しい産業構造を構築できる。これは日本にとって極めて現実的な導入プロセスである。
4-5 社会的受容性を高めるための条件
IRはギャンブルを含む以上、社会的受容性は不可欠である。パチンコの歴史が示すように、地域と密接に結びついた娯楽施設は住民の理解を得やすく、運営主体と地域の距離も近いため、依存症対策や安全対策を丁寧に実施できる。
さらに、インディアンカジノのように、収益の一部を地域福祉・医療・教育へ還元する仕組みを制度として組み込めば、住民にとって「IRが地域を支える存在」であるという認識が生まれる。この仕組みは、特に財政難に悩む地方自治体にとって大きな価値を持つ。
4-6 大規模IRと小規模IRの“両立”が日本の未来を広げる
日本のIR論は、これまで「夢洲のような大規模観光IRを作るか否か」という“二択”に近い構図に陥ってきた。しかし実際には、大規模IRと小規模IRは対立概念ではなく、目的と地域性に応じて使い分けるべき複数の政策メニューである。
大規模IRは、国際会議(MICE)や外資誘致、高度な観光開発に効果を発揮する。一方、小規模IRは、地域生活に寄り添い、地元経済の持続的活性化に強みを持つ。
日本の地域構造を考えるなら、全国すべてが大規模IRを受け入れられるわけではない。むしろ、多くの地方都市では、小規模IRのほうが現実性・安全性・収益分散の点で適合すると考えられる。
したがって、日本のIR政策は今後、「大規模IRの整備」と「小規模IRの制度化」を両軸として進めるべきである。これにより、都市と地方がそれぞれの特性に応じた形でIR事業を取り入れ、全国的な経済効果と地域福祉の向上を同時に達成する道が開ける。
第三章 現代における統合型リゾート(IR)の構造的問題点と制度分析
本章では、世界および日本の統合型リゾート(IR)をめぐる運営実態と制度設計を多角的に検討し、その構造的課題を明らかにする。IRは観光振興や都市再生を目的とした大型政策として各国で導入されてきたが、その経済効果や社会的影響に関しては学術研究でも見解が分かれ、政策評価が難しい領域である。特に、依存症対策・地域波及効果・制度の硬直性などをめぐる問題は、国内外の事例研究で繰り返し指摘されており、これらを踏まえた批判的検討が不可欠である。本章では、既存研究および主要事例に基づき、IRの抱える課題を体系的に整理する。
1.経済効果に関する予測の過大評価と外部不経済の顕在化
IR導入の議論では、初期投資額、雇用創出数、観光客数など、いわゆる「計量的効果」が強調される傾向がある。しかし、各国の実証研究では、これらの事前予測が構造的に過大となる傾向が示されている。理由として、投資回収を前提とする事業者の経済モデルが楽観的前提に依存しがちであること、地域外からの新規消費よりも既存観光需要の置き換えが起こるケースが多いことなどが挙げられる。とりわけ、IR内部で消費が完結する「囲い込み型モデル」が主流である地域では、地域商店街との競争関係が生じ、長期的な外部流出が拡大することが確認されている。
また、IR導入に伴い発生する外部不経済は、事前の経済モデルに十分反映されない傾向がある。依存症の増加、交通負荷、行政コストの増加などは、短期的には顕在化しないが、長期的に地域社会に累積的影響を与える。これらの外部不経済は、IRの経済効果を大きく押し下げる可能性があり、経済評価において不可避の論点である。
2.産業構造の集中化と地域配分の不均衡
IRは高度に資本集約的産業であり、事業者が寡占化しやすいという産業構造上の特徴がある。世界のIR市場では、複数の大手企業が市場の大半を占め、地方自治体や地元企業は交渉力の面で不利な位置に置かれる。この構造は、地域経済への利益配分が限定される原因となる。
さらに、雇用構造をみても、高付加価値の管理職・専門職は外部人材が占める割合が高く、地域住民の雇用は低賃金セクターに集中する傾向が指摘されている。各国の実証研究では、IRが地域の中間層拡大に資するという証拠は限定的であり、長期的には所得格差の固定化や地価高騰による住環境悪化を招く恐れがある。
地域経済の観点からみると、IRの波及効果は制度設計に大きく左右され、必ずしも自動的に地域振興につながるわけではないことが明らかである。
3.依存症対策の限界と社会的負担の増大
ギャンブル依存症はIR政策における最重要課題の一つであり、世界的に研究蓄積が進んでいる分野である。多くの研究で、カジノ施設のアクセス向上が依存症の発症率を高める要因となることが示されている。こうした依存症リスクは家族関係、教育、雇用、治療など複数の領域に影響を及ぼし、累積的な社会的コストとなって公共部門に負担を生じさせる。
各国が導入している自己排除制度や入場制限は一定の効果を持つが、依存症医療体制、早期介入プログラム、生活再建支援など、包括的な支援体制と連動しなければ十分な効果は得られない。特に日本では、依存症対策の制度的枠組みが遊技産業とカジノ産業に分離しており、統合的な対策モデルが確立されていない点が課題となる。
4.都市計画との整合性不足と地域社会の分断リスク
IRは大規模開発を伴うため、都市計画や地域コミュニティとの調整が不可欠である。成功例として言及されるシンガポールの都市再開発は、国家主導型で都市・観光戦略と一体化していた点に特徴がある。しかし他地域では、地価高騰、交通渋滞、地域住民の居住環境悪化などの問題が顕在化し、住民間の対立を引き起こすケースが多い。
日本の場合、IR整備地区が限定されていることは地域間の対立を抑制する側面がある一方、都市計画との連携が必ずしも十分ではない。特に大阪IRのケースでは、将来の交通インフラ整備や災害リスク、土地利用の一極集中が議論の的となっており、IRが都市政策全体の中でどのような位置づけにあるのかが明確でないという批判も存在する。
5.日本の制度的課題:政策目的の多重化と規制の硬直性
日本のIR政策が抱える最大の課題は、政策目的が多重化し、制度の一貫性が弱いことである。観光振興、国際ビジネス拠点の形成、カジノ規制の厳格化、依存症対策、地域再生など、複数の政策目的が統合されているため、事業者に求められる要件が複雑化している。この構造は政策混合の典型例であり、制度運用を難しくする要因となる。
さらに、日本の制度は刑法の賭博規制との整合性を確保する必要があるため、規制の柔軟性が制約される。IR事業者からすると、これらの規制環境は投資に対する不確実性を高め、国際的競争力を損なう可能性がある。
また、遊技産業との制度的距離が大きいことも特徴である。パチンコ産業は独自の歴史と文化を持つが、法律上はあくまで「遊技」であり、IRの「賭博産業」との制度的接続は曖昧である。この曖昧性は、将来の国内市場の構造変化に影響を与える可能性があり、日本独自の制度的課題として注視すべきである。
本章では、IRの経済・社会・制度に関する主要な問題点を整理した。これらの問題は、単にIRの是非に関わるものではなく、政策設計や地域社会との関係構築において不可避の検討事項である。
特に日本においては、遊技産業との制度的接続の不明確さ、規制環境の硬直性、政策目的の多重化など、独自の構造的課題が存在しており、IRを単純に海外モデルとして導入するだけでは不十分である。これらの問題を踏まえ、次章では日本にとって適切なIRの方向性を、遊技文化を含めたより広い視座から検討する。
大韓航空の持株会社・韓進KALの株主総会で、趙源泰(チョ・ウォンテ)会長の取締役再任が、姉の趙顕娥(チョ・ヒョナ)氏ら「株主連合」の退陣要求を退けて57%の賛成で辛勝した。株主連合は疑惑追及で揺さぶったが支持は広がらず、主要株主も現経営を支持。しかし、連合は株を買い増しており、次回総会で経営権争いが激化する見通し。大韓航空は業績悪化とコロナ禍で苦境にあり、財閥の親族争いが企業リスクとなっている。
2025年 12月10日 日経