書評

『2040年アパレルの未来』福田稔

 本書の目的は、アパレル業界を切り口として、これからの消費社会や企業のビジネスモデルがどのように変化していくのかを明らかにすることである。特に、人口減少や市場の成熟、気候変動、サステナビリティへの意識の高まりなどによって、「大量に作って大量に売る」という従来型のアパレル産業が限界を迎えるなか、2040年に企業が生き残るためには何が必要なのかを論じている。
 著者自身も、本書について「アパレルという題材を切り口に、資本主義と消費社会のいまと未来を捉え」ることを目的としていると説明している。
 研究方法としては、大学の学術研究のような実験やアンケート調査を中心とするのではなく、アパレル市場の統計データ、社会・経済の動向、企業の事例、環境問題に関する情報などを幅広く分析し、そこから将来を予測する方法がとられている。特に、スパイバー、PANGAIA、ナイキ、On、EON×Chloé、Coachtopia、CFCLなど、実際に新しい取り組みを行っている企業を具体例として取り上げている点が特徴である。

第1章 世界のアパレル市場を激変させた「3つの変化」
 第1章では、アパレル市場で起きている三つの大きな変化として、①「多くつくり、多く売る」時代の終焉、②中古品市場の拡大、③ウェルネス関連市場の拡大を挙げている。世界のアパレル市場は成熟し、今後は大きな市場成長が期待しにくくなる。その一方で、フリマアプリなどによって中古品を購入することへの抵抗感が低下し、リユース市場が急成長している。また、消費者の価値観も、単に服を所有することから、健康や幸福を含めた豊かな生活そのものへと移っている。
 著者は市場について「『多くつくり、多く売る』という時代の終焉」と表現している。実際、本書では世界のアパレル市場が2019年約248兆円から2027年約255兆円と、年平均成長率わずか0.3%程度にとどまるとの見通しが示されている。

第2章 サステナビリティ問題の本質
 第2章では、アパレル産業が環境に与える負荷を取り上げる。衣服は原材料の生産、製造、輸送、販売、使用、廃棄という長い過程を経るため、各段階で環境負荷が発生する。そこで、CO₂排出量を正確に把握するLCA(ライフサイクルアセスメント)や、商品の生産履歴を追跡するトレーサビリティなどが重要になる。
 単に「環境に優しい」と宣伝するだけではなく、実際の環境負荷を測定し、情報を開示することが企業に求められる。これは第3章のグリーンウォッシュ問題にもつながっていく。第2章は、本書全体の中心テーマである「循環型・再生型ビジネス」の必要性を示す章だといえる。

第3章 2040年に向けた「8つの事業環境変化」
 第3章では、2040年までにアパレル業界を取り巻く環境がどのように変化するのかを予測している。特に、大手企業への市場集中と中堅企業の淘汰、グリーンウォッシュ問題、メタバース、生成AI、サーキュラーエコノミー、サブスクリプション、ライフスタイルブランドなどが重要なテーマとなる。
 つまり、これからのアパレル企業は、単に服を製造・販売する企業ではなく、デジタル技術や環境問題、健康、ライフスタイルなどを組み合わせた存在へ変化していく必要がある。市場が成熟するほど、企業間の競争は「どれだけ大量に売れるか」だけではなく、「どのような価値を提供できるか」に移っていくと考えられる。

第4章 アパレル業界に必要な「6つのイノベーション」
 第4章では、実際に産業を変革するための具体的な方法が示される。中心となるのは、素材、生産工程、循環性、トレーサビリティ、アップサイクルなどのイノベーションである。
 例えば、環境負荷が低く生分解可能な素材の開発、生産工程の短縮、使用済み衣料を再び資源として利用する仕組みなどが挙げられる。また、スパイバーの新素材やナイキの「ナイキ フォワード」、Coachtopiaの循環型ビジネスなど、すでに変革を始めている企業の事例も紹介される。

第5章 日本企業は何をすべきか
 第5章では、それまでの議論を日本企業の問題へと結びつけている。日本企業は人口減少や国内市場の成熟という問題を抱えているため、従来の大量生産・大量販売だけでは成長しにくい。
 そこで、2040年の新しいライフスタイルを提案できる企業、環境・社会課題を事業そのものに組み込める企業、独自の強みを持つ企業が生き残ると著者は考える。特に「量的な成長」から「循環型・再生型のビジネス」への転換が重要である。

 著者の最も重要な主張は、「成長なき世界」を前提として、企業の存在意義そのものを変えていかなければならないということである。
 これまでのアパレル産業では、「より多くの商品を、より安く、より早く売る」ことが成長の基本だった。しかし、市場が成熟し、環境問題が深刻化した現在、この仕組みをそのまま続けることは難しい。そこで著者が提示するのが「循環型・再生型ビジネス」である。資源を一度使って廃棄するのではなく、リユースやリサイクル、アップサイクルによって循環させる。そして単に環境への悪影響を減らすだけでなく、自然環境を再生する方向まで目指すことが必要だと考えている。
 また、企業にとってサステナビリティは「社会貢献」という付加的な活動ではなく、将来の競争力そのものになると考えている。この点が、本書を単なる環境問題の本ではなく、経営戦略の本として読める理由である。

 本書を読んで疑問に感じたのは、「環境に配慮した商品を提供するだけで、本当に大量生産・大量消費そのものを変えられるのか」という点である。
 確かに、環境負荷の低い素材やリサイクル技術、トレーサビリティなどは重要である。しかし、企業が新しい商品を次々に開発し、それを消費者が購入し続けるという構造が残っている限り、根本的な問題は解決しない可能性がある。
 例えば、リサイクル素材を使用していても、消費者が「環境に優しいから」という理由で以前より多くの服を買えば、結果的に消費量が増えてしまう可能性がある。また、サステナビリティを企業の競争力として捉えることには限界もある。環境への配慮を「売上を伸ばすための手段」として利用するだけでは、本当の意味での価値観の転換にはならないからである。
 したがって、本書の議論をさらに進めるなら、「企業はどう変わるべきか」だけでなく、「消費者はどの程度まで消費そのものを減らすべきなのか」という問題についても、より深く考える必要があると思う。

結論
 『2040年アパレルの未来』は、アパレル業界の未来を予測するだけでなく、私たちが「服を買う」という日常的な行動を通して、これからの社会のあり方を考えさせる本である。
 本書が示す未来では、アパレル市場の成長そのものよりも、環境負荷を抑えながら価値を生み出すことが重要になる。そのために、素材、生産工程、リサイクル、トレーサビリティなどの技術革新だけでなく、企業のビジネスモデルや消費者の価値観も変わる必要がある。
 特に印象的なのは、本書の結論にあたる「私たちの『いまの選択』が、地球の未来を決める」という考え方である。
 私はこの本の価値は、2040年という遠い未来を予測することだけではなく、「未来は企業だけがつくるものではなく、現在の私たち一人ひとりの選択によってつくられる」と気づかせてくれる点にあると考える。アパレル業界に限らず、食品や家電など、あらゆる消費財についても同じ問題を考えることができる。その意味で本書は、ファッション業界の関係者だけでなく、日常的に服を購入するすべての消費者にとって読む価値のある一冊である。

カテゴリー: 新聞要約   パーマリンク

コメントを残す