【はじめに】
今日、日本では地方都市の中心市街地における衰退が顕在化してきている。そう聞いて大体の人が真っ先に想像するのはやはり高齢化や人口減少などの要因だろう。しかしこれは単に人口が少ない都市のみで起きているというわけではない。地方の中核を担うような比較的大規模な都市(ex:広島,富山etc.)でさえその危険性を秘めている。ではどのような理由で地方都市の衰退は起きているのか。
本書は「公共交通の活用」という観点から、「持続可能な社会」を目指し、成功例として同様の問題を脱却した欧州の小規模な地方都市の施策等を参照しながら、これからの日本がとるべき地方再生のビジョンを構想していくという構成になっている。
【本書の概要】
本書は全8章で構成されており、公共交通を軸とした持続可能なまちづくりについて、日本や欧州の事例を紹介しながら、その可能性と今後の課題について論じている。
【1章】
日本において、すでに公共交通の変革によって地方再生にある程度成功している宇都宮、富山、ひたちなか、小山の4都市について述べられている。宇都宮市と富山市ではLRT(次世代型路面電車)の整備、ひたちなか市ではローカル鉄道会社の再編、小山市ではコミュニティバスの強化によって、車中心の社会を公共交通主体に変化させ、よりウォーカブルな街へと変化を遂げた。
―――宇都宮のLRTのように、完全に新設された公共交通システムの事例もあるが、大半は既存のシステムを改変・強化することで成功した事例である。そのため、必ずしもすべてをゼロから始める必要はなく、比較的実現性の高い取り組みであると考えられる。
【2・3章】海外の成功例
1章で取り上げた4都市と同様の成功を収めた海外の事例として、オーストリア西部に位置するフォアアーベルク州が取り上げられている。州内の各都市の規模は、1章で紹介された日本の都市よりもはるかに小さく、最も大きい都市でも5万人程度である。しかし、「ビジョン・ラインタール」という州内の各都市が共同で策定した都市計画によって大胆な公共交通の変革を実現し、日本の事例と同様に、自家用車中心の生活から、よりウォーカブルな生活へと変化させた。
この計画において鍵となったのが「交通主導の都市化」である。これは、都市の構造や住民のニーズに合わせて公共交通を発達させるという従来の考え方とは逆に、公共交通の整備を先行させ、それを軸として都市を変えていくという、非常に野心的な考え方である。最終的にこの計画は成功を収め、フォアアーベルクでは鉄道やバスが重要な移動手段として定着した。
―――当然、日本でもこうした考え方を取り入れることを検討すべきだと考える。しかし、そこには一つ問題がある。日本の公共交通はその多くが民営であり、公共交通がビジネスの一環として扱われる傾向がある。そのため、企業はどうしても利潤の追求を優先せざるを得ず、「その事業には採算性があるのか」と慎重にならざるを得ない。この点については、国や自治体を挙げて支援していく体制を整える必要があるのではないかと考える。
【4章】持続可能な社会のために
本書における「持続可能」とは、単に「事業という箱を生き残らせる」という矮小な意味ではなく、SDGsにおける「持続可能」の考え方と同様に、「暮らし、経済、環境という『社会』を生き残らせる」ことを意味している。
【5章】最適なモビリティとは
ここまで、脱車社会を実現した都市の事例が紹介されてきたが、この章では、そもそもモビリティを考える上で、なぜ自動車よりも公共交通などの移動手段が好まれるのかについて述べられている。
まず思い浮かぶのは、やはり環境汚染の問題である。当然、自動車は石油などの燃料を直接燃焼させてエネルギーを得ているため、発電時にエネルギーを使用する鉄道や、燃料を必要としない自転車などと比べ、環境負荷は大きい。しかし筆者は、都市部での買い物などにおける利便性という観点からも、自動車中心の移動に疑問を呈している。
―――究極的には、近隣の都市すべてが交通事業の充実に成功すれば、自動車への依存度は確かに下がるだろう。しかし、自動車には「場所を指定せず、どこにでも自由に行ける」という最大のメリットがある。この利便性を上回る移動手段を整備しない限り、自動車を減らしていくことは難しいと考えられる。ただし、筆者は自動車そのものの完全な淘汰を望んでいるわけではない。
【6章】SUMPとは何か
欧州が一体となって長期的な交通システムの変革を進めるために策定されたモビリティ計画であるSUMPの内容について述べられている。まず、地域全体の持続可能な将来像を市民やステークホルダーとともに考え、そこから生まれたニーズに合わせて、社会構成、健康、環境などに配慮しながら交通サービスの整備を進めていくというのが主な流れである。
単に「車を減らす」ことを目的とするのではなく、「人が暮らしやすい社会をつくる」ことを第一に考える点も、この施策の特徴的な部分であろう。
―――このSUMPは、ヨーロッパの特定の地域だけを対象としたものではなく、風土や社会状況の大きく異なる東欧や南欧の諸国にも適用されている。そのため、日本が持続可能な社会を形成していくにあたっても、多くのヒントを得られる考え方であると考えられる。
【7章】欧州から何を学ぶか
当然、日本と欧州では地理的・歴史的に異なる点が多い。とはいえ、所得水準や民主的な意思決定が行われているという共通点を持つ欧州の事例は、日本にとって参考にしていくべきものであるに違いないと筆者は考えている。
日本においても、公共交通だけでなく、すべての交通手段を網羅した戦略である「都市・地域総合交通戦略」という制度が策定されている。しかし、実際には手つかずの状態となっている地域も多く、大きな変化を起こした富山市や宇都宮市は、むしろ「例外」となってしまっているのが現状である。
加えて、民営企業による交通システムの運営が多い以上、公的な支援が欠かせないにもかかわらず、自治体は公的支援金を「いかに抑えるか」を目標として指標を策定しているなど、根本的な制度そのものにも矛盾が生じている。
―――SUMPのように、まず「実現したいビジョン」を決定し、その実現に必要な施策と財源を特定することで、不要な節約意識を払拭できるのではないだろうか。また、必要な費用や施策をあらかじめ見通すことができれば、むしろ経済的かつ計画的にまちづくりを進められるのではないかと考える。
【8章】日本の課題と戦略
4~7章で取り上げた内容を整理し、本来の意味での「持続可能な社会」を実現するために、今後の日本には二つの取り組みが特に必要であると述べられている。
①まず、公共交通事業を民営主体で行っていることによって生じる「市場の失敗」を緩和していくこと。
②そして、SUMPのような欧州の都市計画に倣い、持続可能な街づくりについて、市民やその他の多くのステークホルダーと構想段階から議論を重ね、最終的な到達点を決めた上で、そこから逆算して計画を立てていく「脱問題解決型」の街づくりを進めること。
以上の2点が、今後の日本において特に必要な取り組みであると本書は結論づけている。
【総評】
本書は、日本と欧州の公共交通をめぐる具体的な事例を幅広く取り上げながら、持続可能な社会を実現するための交通政策のあり方を考察した点に大きな価値があると感じた。特に、宇都宮や富山などの国内事例だけでなく、フォアアーベルク州やSUMPといった海外の事例を取り上げ、日本との制度や考え方の違いを比較しているため、公共交通の問題を多角的に考えることができる構成になっている。また、「車を減らすこと」そのものを目的とするのではなく、「人が暮らしやすい社会をつくる」という視点から交通を捉えている点も、本書の特に優れた点であると感じた。一方的に自動車を否定するのではなく、自動車の利便性や日本の民営中心の交通事業が抱える採算性の問題にも触れており、現実的な視点から議論している点も評価できる。本書は、交通政策を単なる移動手段の問題としてではなく、都市や社会全体のあり方を考える問題として捉え直すきっかけを与えてくれる一冊である。