書評:「AI時代の働き方と法」大内伸哉(著) 弘文堂
・本文要約
技術革新はさまざまな社会問題を解決し、国民の生活の利便性を向上させ、豊かにし、また、労働の生産性を高め、賃金を向上させたりするなど人々の幸福度を高める可能性が期待される一方、雇用や職を奪われ、失業を生み出すなどの問題を引き起こす可能性がある。しかし、第1次産業革命以後の歴史からいえることとして、技術革新は産業の新陳代謝を引き起こし、新たな生産産業が衰退する産業によって失われる以上の効用を生み出し、トータルで見ると雇用の総量は減らないが、個々の労働者のレベルで見ると産業間、企業間、企業内などの移動、再配置が必要であった。そのためには新たな技能を習得することが必要であるがそれがスムーズに行われる限り、深刻な雇用問題は生じなかった。日本型雇用システム(西洋のジョブ型とは異なり、職務を限定されない)長期雇用の下に、職務と切り離された年功型の職能給という安定的な処遇体系を持ち、その反面、職務や教育訓練についての企業の権限(人事権)を広く認めるという柔軟な労働組織があったため、技術革新に対する高い適応力を持っていたのだ。実際日本では戦後の経済復興による技術革新を乗り切ることができていた。
労働政策を考える際の前提的考察としてまず、これまでの労働法の特徴、展開について述べられている。労働法は第一次産業革命後に広がった工場での従属的な働き方をする労働者の保護を目的として誕生した。労働法が立法されたのは労働運動の成果というだけでなく、資本家の人道主義や、労働者の立場だけでなく、経済の発展の基礎を築く上で必要とされるものであったためである。日本の近年の立法の特徴は、非正社員と正社員の格差に着目して、その是正を図る立法が増えていることであり、これまでの従属労働論とは違った傾向もみてとれる。
日本型雇用システムの特徴といえるのが、正社員という制度である。企業は長期的に優秀な人材を抱え込み、技術の発達に対応できるように人事権を行使して、本人の技能の蓄積を促進し、企業に高い貢献をしてくれるようにするために正社員という制度を設ける。企業は正社員が途中で退職して、育成のための費用が回収できないような事態を避けるため、長期雇用を保証するだけでなく、長期勤続のインセンティブをア与える年功型賃金制度や退職金制度を設けてきた。さらに企業別組合は、正社員の利益、権利を守るための役割を果たしてきた。このようなシステムは「第2の労働法」と呼べるものであった。しかし、近年のグローバル化によってこのシステムの特異性が浮き彫りになっている。グローバル化の時代は労働者が国や企業を選ぶ時代でもある。長期的な安定ではなく、自分の持つ技能をその時点での成果や実績で評価されることを期待する国内外の優秀な人材はこれまでの日本型雇用システムには魅力を感じないだろう。このような状況も正社員制度の存続を困難にしている要因である。正社員制度が変容、縮小していくと技能育成のシステムも崩壊してしまう危険性がある。このことは正社員制度に頼らない労働法のあり方を根本的に考え直さなければならないということを示している。
国として、経済としてこのAI時代に遅れをとらないためにはこれまでの雇用形式、制度の見直しが必要である。人口知能などにより、職務を代替されてしまう正社員はほかの職務への再配置、新たな技能の会得が必要になる。それが期待されない場合、企業は雇用調整を行う必要があるが、労働者保護の観点から解雇するには客観的合理的理由、社会的相当性がなければ権利濫用として無効とされる。厳しい解雇規制によって労働者を過剰に抱え込むことになると、企業の競争力を弱め、産業政策的にみれば大きな問題となる。そこで検討すべきとして挙げられているのが、解雇の金銭解決である。解雇の金銭解決は、解雇が法的にみても不当であるとされる場合でも、企業が労働者に一定の保証金を支払うことによって労働契約の解消を認めるという制度である。いずれにせよ、正社員制度、およびその中核の解雇規制を現状のまま維持することは難しい。従来の労働市場政策は、特定の企業での雇用維持を重視するものだったが、もはや日本の労使がこれを維持しようとしたとしても、技術革新やグローバル化などの客観的な状況がそれを困難としている。
これからのAI時代、筆者は新たな格差問題が発生することを危惧している。大きな環境変化は人類の歴史において、これまでもなかったわけではなく、そのたびに新たな社会問題を生んできた。それは変化の波に適合できるものとできないものとの間の格差という問題である。もちろん格差は競争を生むという考えもできるが、変化が突然起こると社会に大きな混乱が生じる。この事態はできれば避けたほうがよい。現在、人口知能によって奪われる可能性の高いのは雇用社会のボリュームゾーンであるホワイトカラーの仕事とされている。昨日までの雇用社会のエリートが一気に社会的弱者に転落するかもしれないのだ。心配なのはそのとき、に備えた準備を彼ら、彼女らが十分にできているかだ。
・感想
技術革新により、労働者は産業間、企業内外の移動が生じていたことが論じられていたが、AIによってさまざまな職務が代替されてしまい、さらにグローバル化が進んでいる今の時代ではそれがさらに多く、必要になっているように感じる。特定の企業に留まることを期待している従来の正社員制度が崩壊、もしくは大きく変容する可能性が高いことが述べられていたが、実際に近年では転職が以前より、活発に、日常的になっている。このように労働市場における雇用の流動化は指数関数的に発展するであろう人口知能に起因し、この先さらに加速すると考えられる。このような社会になった時、AIに代替されないような高い技能を有し、対応できるようにする必要があると感じた。もちろん職務技能的なものだけでなく、AIというものを扱う技術も大事である。人口知能が私たちの働き、生活するシーンを激変させることは私たちが望む望まないに関係なく到来すると考えられる。そのようなときにどうやって対応し、動くかを正しく行うためにも情報のアンテナを常に張っておくことが大切であると考える。この本ではその激変するであろう社会に対してどのように順応していくかを労働者や労働政策、労働法といった観点から論じている。今まで日本の経済が雇用面においては大きな目で見れば、産業革命などの技術革新に日本独自の雇用制度で対応できていた。しかしこれからはその制度が大きく変わっていく可能性が示唆されている。対症療法ではなく、私たち自身もどのように変容していくべきかを様々な角度から考察しており、これからのAI時代に対して考える良いきっかけになったように感じる。