この章では、数十年前のそれからは大きく変容を遂げた「消費」の形を説明する為に、特に現代において「リキッド消費」と呼称されるものについて紹介していく。かつての社会で圧倒的に主流であった消費の形態は、「モノを所有して消費する」という消費の仕方だった。日本経済においては、戦後の高度成長期やバブル期に非常に盛んだった傾向であり、何かを所有すること、それ自体に価値が置かれていた消費の形態とも形容できる。そんな消費と対になる概念が「モノを所有せずに消費する」という消費の仕方を表すリキッド消費である。これは、正に現代になってから注目され始めた消費の形態であり、リキッド消費という概念が生まれ、議論がなされ始めたのも、比較的最近の2017年のことだ。但し、リキッド消費とは数年単位で移り変わるようなトレンディな消費傾向を指す言葉ではなく、今後数十年という単位で議論されるべき、大きな流れである。
近年リキッド消費が注目されるようになった理由は、一般的に「デジタル技術の進展(それに伴うシェアリングエコノミー、サブスクリプションサービスの浸透)」や「人々の価値観の変化」、「環境意識の高まり」などがあるとされている。中でも特に重要だと考えられるのは「デジタル技術の進展」である。スマートフォンなどに代表される個人デバイスの普及、インターネットなどの通信インフラの高度化によって、個々人は必要な時に必要な分だけ、商品やサービスにアクセスすることが可能になった。こうした環境の変化が、従来の「モノの所有」を中心とした消費形態から、「モノの利用」を重視する新しい消費形態の創出を促した。近年のシェアリングエコノミーやサブスクリプションサービスの急速な拡大は、リキッド消費の社会浸透を象徴する最たる例と言える。 その具体例として、2つの企業を取り上げてみる。
まず第一に、音楽産業においては、サブスクリプション型のストリーミングサービスを提供する企業が増加傾向にあるが、ここではその中でも世界最大手と名高いSpotifyを挙げる。Spotifyは、2025年現在、世界180ヶ国以上の国と地域で、7億1300万人のユーザー(うち2億8100万人が有料会員)に利用されている。主なサービスとして、膨大な楽曲カタログへのアクセス権を月額料金制で提供しており、ユーザーは所有する為の購入行為を行うことなく、必要な時に必要な楽曲に即座にアクセスできる。これはCDやダウンロード購入を前提とした従来の消費とは異なり、リキッド消費に即した形の消費行動を社会にもたらした。同社は、現在に至るまで継続的にユーザー数と収益を伸ばし続けてきている。月間ユーザー数は、2015年第一四半期時点では6800万人であったのが、2024年第一四半期時点では5億7000万人を超え、2025年第一四半期時点では6億7500万人を獲得している。特に2024年から2025年にかけては月間ユーザーが1億人増加しており、さらに有料会員に関しても、2億3000万人から2億6300万人と、大幅な伸び率を記録している。
第二に、シェアリングエコノミーの代表例として、パーク24の提供する大手カーシェアリングサービス、タイムズカーシェアを取り上げる。カーシェアリングは、個人が自家用車を所有する代わりに、必要なときだけ近隣のステーションから車両を利用できるサービスである。予約から返却までが無人で完結することや、時間制でどんなタイミングでも気軽に使用ができることなどから、レンタカーよりもさらに柔軟性のある利用を可能にしている。従来通り、車両を所有した上で利用する場合には、車両本体の購入費用や維持費、駐車代等、多くのコストに向き合わねばならないが、カーシェアリングはこうした負担を全て取り除く。このカーシェアリングという事業形態が社会に受容され、利用されている所にも、使いたい時に使いたいだけアクセスするという、リキッド消費の浸透を見ることが出来る。