サブスクリプションマーケティング−モノが売れない時代の顧客との関わり方−

製品やサービスの購入ではなく、それらの利用に対して定額制や従量制で代金を支払うサブスクリプション、通称「サブスク」は私達の日々の生活や、サービスを提供する企業など様々な場所で取り入れられている。本書の作者アン・H. ジャンザー(訳:小巻靖子)は、自身が以前よりもモノを買わなくなり、所有から利用へと購買行動が変化していることに気がつき、その背景にあるサブスクリプションの普及に焦点を当て、本書を執筆した。本書には、サブスクリプションマーケティングにおいて作者が最も重要であると考える「価値育成」を行うための戦略が主な内容として記されている。本書はマーケター、著述家、プロフェッショナルライターなど様々な経歴を持つビジネスウーマンである作者によるマーケター向けの戦略本であるが、身近な企業の事例や、作者の顧客としての経験が多く記されており、顧客側の視点からでも役立つ情報が多い。本書は3パート構成で、更に26の短い章に分けられており、価値育成に関する主な戦略はPart2以降で述べられている。なお、本書は2017年出版であるため新型コロナウイルスの影響は反映されていない。

Part 1 サブスクリプションシフト (1〜5)

 Part1の1では、タイトルにもある「モノが売れない時代」に欠かせないサブスクリプション(以降サブスク)の広まりと種類についてAmazonをはじめとする多くの事例が挙げられている。サブスクは、身近な消費財からBtoBビジネスの場でも普及しており、最後にはどこでどのような仕事、生活をしているにせよ、私たちは何らかの形でサブスクに参加しているという筆者の主張が記されている。2以降では新たに企業がサブスクリプションサービスを導入する際の問題点や注意点について言及している。顧客にモノを売ることがゴールであった従来型のモデルに比べ、サブスクのマーケティングでは購入後に顧客がその商品、サービスを利用して進んでいくカスタマージャーニーに着目することが鍵となる。購入は始まりに過ぎず、その後いかにして価値を育成し、信頼関係を保っていくかが成功の秘訣であると述べられており、本書のメインテーマである価値育成についての導入部分と言える。ただ、価値育成の戦略についてはPart2で詳しく述べられているため、サブスクというビジネスモデルに元々備わっている顧客にもたらす心理的利点が紹介されている。ここでは認知科学に基づくと、我々は支払いの際に多少なりとも「お金を使うという苦痛」を味わう。サブスクはその苦痛を軽減する。定額制のサービスであれば、商品を購入するかしないかを何度も判断する必要がなく、一度の決断で済む。また、先払いをしてしまえば、後はサービスを存分に楽しむという幸福の追求をするだけであり、購入後の価値の経験を最適化することがマーケターに求められるスキルであるとし、Part2に続く。

Part2 価値育成のための戦略 (6〜20)

 冒頭でも述べたように、Part2では価値育成に関する具体的な戦略が述べられている。Part1と比べると説明的で、マーケティングの視点から戦略が列挙されている。作者は価値育成を通じた顧客との信頼関係を特に重視しており、顧客との信頼関係を築くことが既存顧客の維持につながり、安定的な収益源になると述べている。段階に分けた様々なコンテンツの提供が長期利用を促すとし、初期の段階では、スタート時に送るウェルカムメールや説明動画などを通じて顧客が順調にサービスを利用し始めるサポートを行い、慣れてきた頃には利用者の間でのコミュニティに参加させるなどの時期に着目した戦略が紹介されている。また、10では人は決断を下した後にそれを正当化する傾向にあることに着目し、無形の価値、つまりサービスを利用してよかったと思えるようなコンテンツを設けることを促しており、既存顧客の成功談や興味深い活用法などを公開することなどを挙げている。15では、アドボカシー・マーケティングについて、アドボゲイドと呼ばれるロイヤリティの高い熱心な顧客の育成法が挙げられている。アドボゲイドはサービスを他者に薦めたり、好意的なコメントを残すなど非常に重要な役割を果たす。フリーミアムの場合、無料のユーザーからもアドボゲイドは育成されるため、フリープランの充実の必要性を同時に主張している。Part2の最後では、解約時の対応がロイヤリティを高める重要なポイントであると主張している。解約方法が不明確でなかなか解約できないといった事例は度々耳にするが、作者は去ろうとする顧客にしがみつくような見苦しい行動を取ると、二度度その顧客は戻って来ないと述べ、むしろ快く解約を促すような行動は信頼度を大きく引き上げると主張している。

Part3 戦略の実践(21〜26)

最終章のPart3ではPart1、2で理解した価値育成の役割とそのための戦略を実践していく上での組織内部の課題について述べられている。マーケティングチーム、カスタマーサクセスチーム、セールスチームなどそれぞれ異なる役割を持つ部門がどう連携して一つの企業として顧客とコミュニケーションを図っていくか、それに伴う課題やアドバイスが記されている。また、実践した戦略の結果を示す指標であるチャーンレート(離脱・解約率)や顧客維持率の算出法など、これまであまり焦点を当てていなかったデータにも着目している。24以降では、本書を通じて繰り返し述べていた信頼の維持と価値の育成を妨げるリスクと課題が記されている。セキュリティの弱さによって顧客データが危険にさらされた例や、一度契約したら解約が不可能になっていたケーブルテレビなどかなりネガティブな実例が挙げられており、軽い気持ちでビジネスに乗り込むマーケターたちへの警告の意図が汲み取れる。最後には、今までの内容を総括する形で価値育成のための基本ルールを挙げた後、サブスクリプション・エコノミーの未来に関する作者の考察で本編は幕を閉じる。

冒頭でも述べたとおり、当書は2017年に出版された。5年後の社会とサブスクリプションの関わりについて筆者が予想している部分もあり、2022年現在の社会と比較すると面白い。現在では当たり前にあるサブスクリプションが本書では最新の画期的なサービスとして描かれており、サブスクリプションの歴史についても学ぶことができたように感じる。本書の最後に、今回の内容と通ずる作品として「アドボカシー・マーケティング」や「なぜ人と組織は変われないのか」などが挙げられていたのでそれも購読し、より理解を深めてきたい。

英治出版

「サブスクリプションマーケティング−モノが売れない時代の顧客との関わり方−」

 2017年11月15日

著:アン・H. ジャンザー

訳:小巻靖子

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