筆者の永濱利廣は第一生命経済研究所経済調査部において、主席エコノミストとして日々研究に励んでいる。彼は本書において、日本の現状を示す「低所得、低物価、低金利、低成長」の四低を「日本病」と名付け、日本経済の変遷と未来について記述している。
第一章 日本病 低所得・低物価・低金利・低成長
第一章では「ビックマック指数」や「100均指数」を用いることで、日本が他国に比して経済的な強さの面で大きく劣っていることが説明されている。また日本病の本質はデフレであると説明したうえで、日本のデフレ対応の遅れについて細かく説明している。バブル崩壊後、日本ではゼロ金利政策を打ち出すまで約10年経過している。またリーマンショックの際も2013年の黒田日銀総裁の「量的・質的金融緩和」まで大きな戦略は取られなかった。この政策までのラグが日本のデフレを長期化させているのだという。これと比較してアメリカではリーマンショックの際、即座に大規模な「量的・質的金融緩和」が行われた。これにより経済は無事に回復しており、むしろ成長につながっているのだ。この章で説明されたデフレ対策の早さがいかに重要であるということは以下の章においても何度も紹介されるものであるため、当書のテーマであるといえる。
第二章 「低所得」ニッポン
第二章では日本の賃金が上がらない理由と、その対策について言及している。本章では三つの理由が挙げられていた。一つ目は労働分配率が低い。二つ目は労働者の流動性が低い。三つめは非正規雇用の賃金が低い、である。筆者はこれらの対策として「失業の考え方を改める」ことを提案した。企業側も労働者に待遇が悪いと辞めるという社会になれば、必然的に多くの賃金を払うことになるし、労働者側もポストが空きやすいので再就職もしやすくなるのだ。
第三章 「低物価」ニッポン
第三章ではインフレとデフレの説明をしながら、日本で発生した物価に関する事例について説明している。初めは2013年のアベノミクス後に起こった消費者物価指数の緩やかな上昇である。これは筆者によるとデフレ脱却を意味したものではなく、悪いインフレの象徴であるという。2013年以降に物価が上がっている項目は食料と光熱・水道である。これは輸入品の物価上昇という海外の恩恵を受けたが故の物価上昇である。これを筆者は悪いインフレと形容しているのだ。逆にその他日本国内で生産するものは物価が減少しているのだ。したがってアベノミクスの物価上昇は自身の力によるものではないと筆者は指摘している。また家計と企業の過剰貯蓄問題についても触れている。デフレの影響により家計も企業も内向的でリスクを未然に防ぐやり方がスタンダードになってしまったことにより、デフレスパイラルをさらに促進しているという。
第四章 「低金利」ニッポン
第四章では前章で述べた過剰貯蓄問題を踏まえて、日本の低金利の理由と対策について述べている。その理由とは、「中立金利」の低さにあるという。「中立金利」とは需給バランスからはじき出される金利のことであり、需要と比例して上昇するものだ。政府はこの中立金利を基準に金利を政策に合わせ変動させることで、経済活動を適切な方向へ誘導するのだ。しかし現在の日本の中立金利は大幅なマイナスとなっている。それはひとえに家計や企業が過剰に貯蓄することで需要が少ないからである。だが金融緩和として金利を下げようにもすでに大幅なマイナスとなっている中立金利からさらに下げるとなると、金融機関への打撃も大きく成るだろう。だからこそ今現在の低金利で落ち着いているということなのだ。また対策として筆者は需要を増加させることを第一に挙げている。その為に政府による財政政策と一時的な増税と金融引き締めの我慢が必要と説明している。さらに人々の将来への期待を生み出し、お金を貯蓄に回させないことも必要となってくる。つまり人々の購買意欲を刺激するように政府が働きかけるのが、金利を上げるための第一歩であると筆者は説明しているのだ。
第五章 「低成長」ニッポン
第五章では、世界と比較した日本の成長率と日本の低成長の理由について述べている。ここでも低成長の理由において、財政政策の不十分さと金融政策の遅れを挙げている。また少子化は低成長の理由にはならないとも述べている。ここでは2011年まで人口減少を続けていたドイツを反例として挙げて説明している。この章は今までの内容の確認的な内容となっていた。
第六章 スクリューフレーションの脅威
第六章では今現在目下の問題であるスクリューフレーションの内容とその影響について説明している。スクリューフレーションとは「締め付け」と「インフレ」を掛け合わせた造語であり、中低所得者が苦しむインフレのことを指す。発生の理由としては生活必需品の大幅な値上がりが挙げられる。これにより、先進国に住む支出に占める生活必需品の割合が高い中低所得者が大きな被害を被っているのである。このスクリューフレーションは高所得者には影響が少ないものなので、世界では経済格差が広がる大きな要因として問題視されている。しかし、日本では経済成長して無いが故に高所得者も中低所得者と同様にスクリューフレーションの影響を受けている。これこそが日本が総貧困化に向かっている理由の一つなのだと筆者は主張している。
第七章 日本の未来
第七章では先に述べた財政政策の重要性について今の日本と重ね合わせて説明している。特に今現在世界と比べて政府債務は少ない状況であり、GDPを増やすために政府債務を積極的に増やしていくことが必要であると強く述べられている。また日本が今後成長していくための方法として筆者の意見を述べている。筆者は日本の第一次産業に大きな可能性があると考えており、近年農林水産物・食料輸出額が目標である1兆円を達成したことを踏まえて日本の食品品質水準の高さに言及している。
本著は日本がバブル崩壊後に衰退し、成長できずにデフレスパイラルに陥る過程を事細かに記している。著書内で一度述べたことをほかの説明で何度も利用したり、実際の出来事に基づいた例示を行ったりと、初めて日本経済について触れる人にもわかりやすく易しい内容になっていた。さらに政府批評の際にもただ批判するだけではなく、当時の内情や政府側の立場に立って説明している点も俯瞰的な視点で読み進めることができ、深い理解を得ることができた。今回の書評では日本の世界より劣っている面について詳細に知ることができたので、次は逆に強みがどこにあるのかに焦点を当てて理解を深めていきたいと思う。
講談社現代新書
2022年5月18日発行
「日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか」 著:永濱利廣