書評「EVシフトの危険な未来」

筆者の藤村敏夫はTouson自動車戦略研究所代表、そして自動車・環境技術戦略アナリストである。本著で扱っている内容の大枠は電気自動車(EV)に偏った電動化を推進する政策の根本的な間違いを技術の面から証明していくことだ。EVへの傾注が苦境に陥る道である理由を紐解いていく。

 

1章 EVシフトは本物か

1章では2050年カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)に向け、過去に何度も膨らんでははじけている電気自動車(EV)シフトは今度こそ本物であるのかに焦点を当てる。2019年に開催された国連気候変動サミットの「2030年に2010年比で二酸化炭素(CO₂)45%減、2050年にCO₂ゼロ」という目標に向け、米国のカリフォルニア州は2035年に、日本は2030年半ばにエンジン車の販売を禁止する宣言がなされEV普及を後押しする政策を挙げている。一方でこのような政策の中EVは世間一般に思っているほどクリーンなものではないと紹介している。走行中のCO₂排出量はゼロだが電池製造時のCO₂の排出がかなり多く、エンジン車やハイブリッド車(HEV)製造時に比べて二倍程度のCO₂を排出する。航続距離の短さや充電時間の長さといった使い勝手の悪さや、必要な電池容量の多さ、補助金なしでは車両価格が高くなってしまって売れないことなどが紹介されている。そのためEVブームの勢いは補助金の打ち切りとともにしぼみ、過去と同じ轍を踏む可能性が高いと予想している。

 

2章 EVが今後の主流になる?

2章ではEVやEVを含むⅹEV(電動車)についてまとめられている。EVについては、移動体として重要な航続距離や質量、コスト、インフラなどの面で問題があり、完成度が未熟であると主張している。EVに傾注してCO₂の削減目標を達成できる根拠がないため、燃料のグリーン化(水素だけではなく、微細藻類バイオ燃料や再生可能電力を利用し水素と大気中のCO₂から製造する合成燃料であるe-fuel)の検討も含めてエンジン車からHEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)、EV、燃料電池車(FCV)までのすべての車種を開発する「全方位開発」が必要となる。その中でもHEVはEVに比べてエネルギー製造から輸送、車の走行にわたる全てのCO₂排出量が少ないため、HEVの導入の拡大を優先する必要があると述べている。

 

3章 EVはCO₂削減の切り札ではない

3章ではEVに限らず既販車のCO₂削減にも効果のあるグリーン燃料の導入とCO₂削減の政策について触れている。米国のカリフォルニア州のZEV(Zero Emission Vehicle;無公害車)規制や中国のNEV(New Energy Vehicle;新エネルギー車)規制などのエンジン車を廃止しEV販売に焦点を当てた政策を紹介しているが、それらは適正な技術の評価を行わずに自国の自動車業界の擁護のためにEVよりも環境によいHEVを除外する愚策であると主張している。HEVがZEVの対象から外れた背景には、米国のEV専業メーカーであるTesla(テスラ)やGMといった自国の自動車メーカーを優遇しようとするカリフォルニア州政府の思惑があった。中国は技術で太刀打ちできないという理由で日本の自動車メーカーに対してHEV外しを行った。グリーン燃料については、脱化石燃料のためにエンジン車の燃料を石油系燃料であるガソリンと軽油からバイオ燃料や合成液体燃料(e-fuel)などのカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量ゼロ)燃料やカーボンフリー燃料である水素に転換する必要があるとまとめられている。

 

4章 エンジンの潜在需要は高い

4章では、自動車の先進技術を俯瞰しつつ、エンジン(内燃機関)の改良技術について取り上げている。車両改良として車の動力源であるパワートレーン、燃料電池などのエネルギーソース、ボディー・シャシーの大幅な改良と、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)技術の確立が必要になる。その一例としてガソリンエンジンの最大熱効率(以下、熱効率)と熱マネジメントについて紹介している。現在の熱効率は約41%で燃焼エネルギーの六割近くが熱損失となっているため、熱損失の低減技術と廃熱を電気変換する廃熱回収の新技術などを組み合わせることで、2050年までに大形舶用ディーゼルエンジン並みの熱効率である55%となることを目標としている。またエンジン車の燃費改善や電動車の電費改善の観点から、エンジンやモーターの効率改善が進めば進むほど、暖房などに使っていた熱エネルギーが減少するため、車両空調システムのエネルギーの最小化に着目した熱マネジメントとシステム効率の向上を検討するべきである。

 

5章 将来の自動車販売台数を予測する

5章では、将来の自動車販売台数の予測を取り上げている。2015年時点における世界の新車販売台数は0.9億台で、保有台数は12.6億台、総CO₂排出量は約60億トンだった。以降、新車販売台数は堅調に拡大してきたが、2017年からの米中貿易摩擦や新興国におけるGDPの伸び率によって頭打ちとなった。そして、2020年は新型コロナ禍で販売台数は大きく落ち込み、7797万代にまで減った。著者は世界の自動車の販売台数が2040年に1.1億(下振れ)~1.3億台(上振れ)と見積もっているが、CO₂の削減に向け努力しても、すぐに温暖化の抑制効果が表れず、自然災害の多発や新たなパンデミックの発生は容易に想像でき、新型コロナ禍以前の販売拡大に戻るには3~4年を要すると予想しているため、1億1000万台を想定することが現実的であると主張している。

 

6章 自動車の全方位開発と燃料/エネルギーのグリーン化を同時進行で加速すべし

6章では前章で取り上げた新車販売台数予測の下で、2010年比で2030年にCO₂を45%削減できるシナリオとグリーン燃料(微細藻類バイオ燃料や合成液体燃料e-fuel)の必要量についてまとめられている。xEV(電動車)は技術の完成度(航続距離や質量、コスト)と、LCA(原材料の採取から最終的に廃棄またはリサイクルするまで、製品のライフサイクル全体を通じた環境負荷の評価のこと)を踏まえたCO₂の低減率、インフラ整備の状況などを総合的に鑑みて、HEV,PHEV,EV,FCVの優先順位で導入しCO₂の低減を図る。車両の軽量化ではハイテン材からホットスタンプ材、金属から複合樹脂や複合セラミックなどへの材料置換を考慮しCO₂の削減を図る。エンジン車では各種の技術改良や環境性能の良い48V電源部品を使った簡易ハイブリッドシステム(48Vマイルドハイブリッドシステム)を全車に搭載することで30%のCO₂削減を図る。エンジン用の燃料は2030年までに2020年時点での石油消費量である21.5億トンの23%に相当するカーボンニュートラル燃料をガソリンあるいは軽油に混合し、既販車のCO₂の削減を図る。

 

7章 やはりHEVが「現実解」

7章では、HEVに関する事例を紹介している。2030年までにトヨタ自動車は単独で保有する2万3740件の特許の無料提供を行った。背景には技術的な問題で日本以外の自動車メーカーはHEVを造れないためHEVの普及を加速させるというという考えである。また世界の排出ガス規制においてのHEV外しをやめさせる狙いもあるようだ。

 

8章 自動車業界を震撼させたディーゼルゲート

8章では2015年にドイツのVolkswagen(フォルクスワーゲン)が起こした排出ガス不正問題であるディーゼルゲート事件についてまとめている。不正が起きた背景としてガソリン車と同様にディーゼル車も排出ガス規制が強化される中で、規制に対応するには技術的に難易度が高く、ここに排出ガス浄化システムの開発費や部品コストが上乗せされ車体価格が高くなってしまうことや燃費の経済性が良くても元が取れないことを挙げている。筆者は、今回の事件は世界一の販売台数を達成するという利益優先の目標となってしまったことが最大の要因であったと考え、自動車を売るうえで本来企業が目指すべき顧客のため、社会のために貢献するという部分をおろそかにしてはいけないと主張している。

 

本書を通して、EVは環境にやさしいからと上辺だけで判断しEV一辺倒の政策を行うのではなく、技術的な問題などについてより踏み込んで考えなければならないと感じた。EVにシフトチェンジしなくてもHEVを導入することや、グリーン燃料を使うことの方がよりCO₂を削減していくことができるため、EVに傾注しすぎるのはよくないと理解できた。次は自動車関連以外の脱炭素などのエネルギー問題についても理解を深めていきたいと思う。

カテゴリー: 新聞要約   パーマリンク

コメントを残す