要約と意見
・要約
この論文は、シンガポールが観光とMICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition)を国家戦略の中核に据えてどのように発展させてきたかを論じたものである。資源の乏しいシンガポールが、観光とMICEを「稼ぐインフラ」として制度的に強化し、都市開発と連動させながら展開してきた政策的経緯が詳細に分析されている。
1980年代にはナイトサファリなど家族向け施設による集客に注力していたが、2000年代以降は大規模な都市再開発とともに、マリーナベイ・サンズやリゾート・ワールド・セントーサといった統合型リゾート(IR)を観光の中核に据える戦略に転換した。これらのIRは単なるレジャー施設にとどまらず、会議場・展示場・高級ホテル・カジノ・ショッピング施設・エンタメ施設が一体化した「都市装置」として設計されており、観光・ビジネス・文化が融合した空間づくりが特徴的である。
さらに、政策立案の過程では観光客数・MICE件数・宿泊日数・消費額など具体的なKPIを活用し、データに基づいた観光政策のPDCAを回している点にも注目が集まる。観光が単なる民間の活動ではなく、国家的な成長戦略の一部として、地理的・制度的に構築されていることが強調されていた。
・意見
この論文を読んで特に印象的だったのは、IRが単なるギャンブル施設や観光拠点という枠を超えて、都市そのものの価値を高める多機能空間として設計されているという点である。MICEとの連携によって観光の滞在価値を高め、地域の経済循環を促進するという視点は、今後日本がIRを導入していくうえで重要なヒントになると感じた。
特に日本では、ギャンブルに対するイメージがいまだに否定的な側面が強く、IRについても「カジノの導入」として矮小化された議論になりがちである。しかし、シンガポールの事例を見ると、カジノ部分はあくまで一部であり、その収益が他の非ギャンブル施設の運営や文化機能を支えるという財源構造の柔軟性こそが重要視されている。日本でもこのような「統合」の思想をどう制度設計に落とし込むかがカギになるのではないかと思った。
また個人的には、IRと既存のギャンブル産業(特にパチンコなど)との融合の可能性にも関心を持った。現在、日本では中小規模のパチンコホールが経営難で閉店を余儀なくされる一方で、大手ホールは生き残り、施設の大規模化・複合化が進んでいる。このような状況下で、IR的な要素(たとえば飲食・イベント・観光拠点機能)を組み込んだ「地域型エンタメ施設」への転換は、既存市場を生かしたかたちでのIR的発展モデルになり得るのではないかと感じた。
つまり、シンガポールが都市規模でIRを設計したのに対し、日本の場合は既存のギャンブル施設の空間的・制度的アップデートを通じて、分散型・地域密着型のIRを模索するアプローチも考えられるのではないかと思う。このような視点からも、都市戦略としてのIRのあり方を多面的に考える必要があると改めて感じた。
参考文献
シンガポールにおける観光とMICEの発展
Development of Tourism and MICE in Singapore
杉本 興運 SUGIMOTO Koun
2017年