書評「エリアマネジメント 効果と財源」

人口成長が続く成長都市の時代では、市街地の拡大や経済成長のために道路や公園などの社会インフラが必要である。これには、財政資金が活用されてきた。一方で、都市が成熟した社会では、そのような社会インフラに代わって、さらに地域の価値を向上させ経済活性化を図るための仕組みが生まれた。これがエリアマネジメントである。本書では、エリアマネジメントを財源確保の仕組み、活動効果の伝え方、組織や公民連携の在り方の3視点を海外や日本の事例を交えながらまとめている。本書の著者は、大手町・丸の内・有楽町の大丸有地区のエリアマネジメントを手掛けた一般社団法人森記念財団の理事長、小林重敬氏とその研究員らである。

第一章「エリアマネジメント制度の仕組みと財源・課税」では、エリアマネジメント団体が抱える財源問題を解決するための仕組みとそれに伴う課税問題について紹介されている。近年では、エリアマネジメント活動における財源問題解決のために、エリマネ団体の活動が多様化している。エリアマネジメント広告事業やオープンカフェ事業に加えて、公開空地活用事業やイベント運営事業、駐輪場・駐車場事業などから得られた収益を街づくりに還元するケースも多いという。一方で、海外のエリアマネジメント(BID)制度ではどのように財源確保が行われているのか。海外では、主に行政の介入により財源確保が行われているという。地権者や事業者が元来、行政に支払っている既存の税金に上乗せして、課税される。これがBID団体へ交付される。本制度は、行政とBID団体の役割分担の考え方が基本となっている。海外では、BID団体は、本来行政が行う基本的なサービスを行政の代わりに行うのではなく、行政サービスの付加的な部分を担当すると考えられているそうだ。そのため、制度は単なる課税ではなく、エリアの関係者自身が行政の最低限のサービスに満足することなく、納得してまちを磨く制度なのだという。このような欧米の制度を参考にして、日本でも活動資金をエリマネ団体へ交付する制度が導入された。大阪市では、2014年に大阪市エリアマネジメント活動促進条例を制定した。これは、都市利便増進施設の一体的な整備や管理にかかる活動資金を大阪市が徴収し、エリマネ団体に交付する仕組みを制度化したものである。計画時点において対象エリアを定めたうえで、エリア内において指定を受けたエリマネ団体と地権者および道路管理者が都市利便増進協定を締結する。合意した協定に基づいて、大阪市が地権者から分担金を徴収したうえで、エリマネ団体へ補助金として資金を交付する制度だという。法的な位置づけを持つことで、税金ではないが税金と同程度の強制力があり、フリーライダーを許さない仕組みになっている。2018年には地域再生エリアマネジメント負担金制度が施行されたことで、大阪市内に限らず、エリマネ活動により地域の事業者が受益すると見込まれれば、制度が活用できることになった。以上のように、エリマネ団体や行政は財源拡大を目指した努力を行っている。エリマネ団体は、確保した財源を活動経費に充てているが、全体収支を見ると赤字やトントンの団体が多いそうだ。しかし、法人税法上では公益的な活動を行っている団体であっても、一定の場合であれば税が課される。例えば、エリマネ団体に多い公益法人等の区分では、収益事業のみに税が課されることとなっている。つまり、エリマネ団体が活動資金を得るために収益事業を行い、これを元手としてエリマネ活動を行ったとしても、収益事業部分のみに着目され課税される仕組みである。組織全体としては経営が苦しくても、収益事業を行っている場合には税を支払う必要があるという。そこで、この問題を解消するために様々な制度が取り入れられている。株式会社等の普通法人の場合には、収益と見なされ課税対象である寄付金をエリマネ団体では、非課税とみなす寄付金の優遇措置や、収益事業から公益事業目的に資金等を移動し、公益目的の資金不足を補う際に移動した資金を非課税とするみなし寄付金制度等がある。

第一章で述べられていたように、エリア関係者から資金を得て寄付金として受領するためには、エリア関係者の合意が必要である。そのため、エリマネ団体は、活動に関して地権者や事業者からの理解と納得を得る必要がある。第二章「エリアマネジメント活動の効果をどう伝えるのか」では、エリマネ活動の効果を評価・伝達する方法がまとめられている。本書によると、エリマネの効果は3つの側面に分けられる。「互酬性」と「公共性」、「地域価値増加性」である。「互酬性」は、エリマネ活動におけるステークホルダーが活動により生まれる報酬を互いに受けることである。「公共性」とは、ステークホルダー以外にも活動の利益が及ぶ外向けの性質である。「地域価値増加性」は、まちが良くなった結果として、売上や地価などが上昇することである。小林氏は、これらのエリマネ活動の効果を見るために4つの重要な視点があるという。「短期的な視点ではなく長期的な視点の重要性」「公民連携の視点の必要性」「エリマネ活動の強制力」「エリアの多様性と活動評価」である。海外の事例では、エリマネ活動の効果をわかりやすく伝えるための工夫が施されている。英国BIDの事例を見る。英国のBIDは5年ごとに更新される仕組みである。活動を継続するためには、投票で過半数の賛成を得る必要があるという。ステークホルダーの支持を得るために、充実した年次報告書の発行が試みられている。具体的には、賛成への投票を促す内容やBIDを評価する現場の声が盛り込まれているなど、活動内容の詳細な記述に重きを置いている。また米国BIDの例では、ボストン市やミネアポリス市が取り上げられている。これらの報告書は、写真や図表を用いて視覚的に分かりやすく、必要な情報をコンパクトにまとめているのが特徴であった。海外の報告書と日本のエリマネ団体が発行する年次報告書を比較してみる。日本のエリマネ団体が発行する報告書の内容は、団体の情報や活動内容に踏みとどまっている。今後、エリマネ負担金制度を広く取り入れるためには、より具体的なデータや外部の専門家・研究員が評価に加わる必要性があるという。とはいえ、エリマネ活動の効果測定に関する調査や研究は、日本でも行われてきた。社会実験における調査事例や、アンケート調査を用いて人々に支払意思額等を尋ねることで市場では取引されていない価値を推定する方法のCVM法などがあるとまとめた。

第三章「効果を生みだす組織と公民連携の在り方」では、エリアマネジメント活動の効率化や充実化を図るための組織構築や公民連携の在り方がまとめられている。エリマネ団体は柔軟な組織であり、日本のエリマネ団体には法人格のない任意組織も多いという。しかし、行政からの補助金を受け取ったり契約を締結したりするために、一般社団法人を設ける例も増加している。現状では、寄付者に税制の優遇措置と見なし寄付制度の適用がある認定NPO法人か、優遇措置はないものの団体が寄付金を受けても原則として課税対象にならない非営利型の一般社団法人を指向するのが一般的だという。また、従来のエリマネ活動は民間が行うものという認識が強かったが、近年では行政がかかわり支援する事例が多くみられるようになった。大阪市でのエリアマネジメント担当局の設置や横浜市の公共空間活用委員会は、その例である。エリマネ団体と行政の公民連携は欠かすことができないものであると指摘する。人口減少や少子高齢化にあたって、空き地・空き家問題、介護・子育て支援など、いずれの課題も単に公共施設を整備すればよい時代ではなく、公民連携で運営管理を行わなければ成り立たないとまとめた。

本書を通して、現在、エリマネ団体が抱えている課題を解決するためにはエリア関係者からの理解と行政からの適切な支援が欠かせないことが分かった。本書で取り上げられていた事例は、大丸有地区や大阪市など比較的、都会だったように思う。しかしながら、エリアマネジメント活動による街づくりが必要なのは東京や大阪のような大都市だけではない。過疎化や高齢化が進む地方都市の方が、むしろエリアマネジメントによる受益が必要のように思える。地方都市におけるエリアマネジメントでは、今回の事例と比較して財源問題がより深刻に影響すると考えられる。一方で地方都市の豊富な人付き合いは、地権者や事業者の理解を得る必要があるエリマネ活動において、メリットになり得るとも考察できる。これらを鑑みれば、大都市と地方都市では行政の支援の範囲や種類も変わるだろう。今後、卒論を執筆するにあたりこの点を考慮しつつ、エリアマネジメントに関する理解を深めたい。

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