書評「悪い円安良い円安」

本書は、2022年初頭から急速に進行した円安について、現状を把握し、なぜ「悪い円安」と言われるようになっているのかについてわかりやすく分析したうえで、円安を好機とする望ましい政策について提案する。

 

第一章『為替相場が貿易収支に与える影響』

為替レート(円ドルレート)は輸出入価格そして輸出入量の両面から日本の貿易収支に影響することが予想できる。輸出品あるいは輸入品の生産国での価格が一定である場合、円安は日本の輸出品の外貨建て価格を下げる一方で、輸出品の円建て価格を上げる効果を持つ。したがって、そのほかの条件が一定であれば、円安は日本の輸出財の外貨建て価格の下落を通じて外国における需要量を増やす一方、輸入材の円建て価格の上昇を通じて日本における需要量を減らす効果を持つ。こうして輸出額が増加し、輸入額が減少すれば、貿易黒字になる。貿易黒字になると、日本の企業が輸出で受け取るドルが輸入で支払うドルよりも多いので、その差額分為替相場では輸出企業のドル売りが多くなる。その結果、今度は円高・ドル安になる。そうなると、今度はドル建ての輸出財価格が上昇し、円建ての輸入材価格が下落する。こうして、輸出額の減少と輸入額の増加が起こり、貿易赤字になる。

 

第二章『日本経済の現状把握』

2022年前半の日本経済は、貿易赤字の拡大と、ロシア・ウクライナの危機などでの資源価格高騰によるインフレ圧力の高まりに加え、円安の進行により貿易赤字の拡大が続いているが、日銀は金融緩和継続のためにこの円安を食い止める手段が当面ないのが現状である。これまで円安が進行した際には原油価格が低下していたため、さほど問題にはならなかったが、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で円安とともに原油価格の高騰が急激に進んだことが今回の円安が「悪い円安」といわれる大きな要因である。2021年後半からの資源価格高騰により、輸入額が輸出額をしのいでいる時期が多くなりその差額が徐々に拡大している。2022年7月時点での輸出額の伸び率は19.0%に対して、輸入額の伸び率は47.2%と二倍以上になっている。このような状況で円安になれば、デメリットが顕著になるのはあたりまえである。日本の主な輸入材である原油などは輸入価格が上がってもそれに従って輸入量が減少しないため、円安になった場合輸出額が輸入額を上回り円安=貿易赤字が増えるという構図になっている。

 

第三章『円安と為替リスク管理』

企業は様々な為替リスクに直面している。ここで定義する為替リスクとは、為替相場変動により外貨建て資産や外貨建て負債の自国通貨換算額が変化し、予想しなかった利益や損失が生じる不確実性のことである。企業が抱える為替リスクは、輸出入にかかわることのみならず、原材料の調達や資金調達方法、どこで何を製造するかなど立地選択も含めて、さまざまな分野に及んでおり、リスクへエッジの観点から、為替リスク、為替換算リスク、為替経済性リスクの3つに大別される。為替相場の変動によって決済時に自国通貨建ての換算金額が変動する為替取引リスク、企業の財務諸表に計上された外貨建て資産・負債の評価額が、為替相場の変動によって増減する為替換算リスク、為替相場の変化によって価格競争力に影響がでる、あるいは企業の生産構造に変化が生じるなど、企業の経営全般からとらえる為替経済性リスクである。それぞれのリスクに対して企業がとる代表的な手法としてファイナンシャル・ヘッジとオペレーショナル・ヘッジがあげられる。ファイナンシャル・ヘッジは、為替市場における金融商品(デリバティブ)を利用して、為替換算リスクをヘッジする手法である。例えばタイで工場を作る際に、タイでその費用を調達するバーツ建ての債務を持つことによって為替換算リスクを相殺する手法である。オペレーショナル・ヘッジの手法は業態によってさまざまであるが、代表的なものは海外に生産拠点を移転することによって輸出の際に生じる為替リスクそのものを解消するというものである。今回の円安が「良い円安」にならないのは、日本企業がリーマンショック以降の約4年にわたって80円台の超円高を経験し、特に日本の輸出企業が為替に影響されない生産体制を作っていくことに腐心してきたことが背景としてある。リーマンショック後の円高は、もともと存在していた日本と海外(特にアジア諸国)との間の生産コストの格差をさらに広げたことにより、海外に生産拠点を移すオペレーショナル・ヘッジが一層加速した。海外に生産拠点を移転し、本社との海外現地法人との企業内貿易を通じて中間財輸出と完成品輸入で外貨建てエクスポージャーを縮小するのだ。ひいては、日本からは輸出せずに、中間財などもすべて現地で調達し、完成品を製造し、現地で販売するという企業も現れた。このように、日本企業は海外生産比率を上昇させる中で、特に円高に対する為替リスクの耐性を強めてきた。円高による為替リスクを避けて海外に進出し、為替変動に影響されない体質になった日本企業は、円高による悪影響を避けるという目的で始めた自己改造により、今回のような円安による恩恵を享受できない体質になってしまったのだ。

 

第四章『ドル建てに偏った日本の貿易建値通貨選択』

為替相場の変動が輸出入価格に与える影響は、日本企業の貿易建値通貨(貿易の決済通貨)選択によって異なる。仮に円建て輸出であれば、円安が急激に進むと輸出相手国にとっては現地通貨建ての輸出価格が低下し、それによって日本製品は安いということから輸出が増える効果が期待できる。一方で、ドル建て(あるいは輸出相手国通貨建て)で輸出している場合は、ドル建て輸出価格×円ドル為替レートという計算で円換算額としての収入が増加し、企業業績には好影響を与える。しかし、企業が円安による収入増を一時的なものとして内部留保とし、労働者の賃上げや国内投資などに結び付けなければ、円安による好業績が日本経済にもたらす波及効果は小さい。輸入については、輸入価格(ドル建て)×為替レートに従って輸入代金が円安分増大することから、それが消費者価格に転嫁され、現在われわれが直面しているコストプッシュのインフレとして問題となる。日本は他国と比較して自国通貨建て比率が輸出、輸入ともにかなり低く、ドル建て比率が高いという特徴がある。相手国通貨建てで貿易し、為替の変動で苦労してきた結果、為替に左右さえない体制を築いたことが、今回の円安のメリットを享受できずに「悪い円安」となった背景といえるだろう。日本企業の輸出でドル建てが多い理由としては、以下の2点が指摘される。第1に、海外現地法人とのサプライチェーンが拡大する中で、企業内貿易をドル建てに統一し、本社財務部がまとめて為替リスク管理を行うという為替リスク管理上の理由である。第2に、できるだけ現地の販売価格を安定化させるPTM行動である。PTM行動では、為替変動時よりも製品のモデルチェンジの際に価格を改定することが多い。以上のような日本企業の為替リスク管理を考慮すると、今回の円安が輸出価格の低下を通じて輸出増につながるにはまだもう少し時間を要するだろう。(PTM行動とは現地の通貨建てで輸出し、現地の販売価格を安定化させる行動)

 

第五章『いろいろな形で見る現在の円安』

為替相場には市場で取引されている名目の円ドル為替レートの他にも実効為替レートと呼ばれる、通貨がものを購入する力を比較した指標がある。実効為替レートとは特定の2通貨間の為替レートを見ているだけではとらえられない相対的な通貨の実力を測るための総合的な指標である。具体的には、対象となるすべての通貨と日本円との間の2通貨間為替レートを、貿易額などで計った相対的な重要度でウェイト付けして集計・算出する。実質実効為替レートは、単に名目の為替レートの動きだけではなく、各国の製品価格の変動を考慮に入れている。グローバル市場全体での競争関係を見るためには、単一通貨だけではなく、複数通貨の動きを同時にとらえた実効為替レートを用いる必要がある。実効為替レートは当該国の輸出競争力を測る指標として用いられるが実際には輸出競争力は産業別に異なりうる。日本の主要な4業種について、競合国と産業別実質実効為替ルートの推移を比較してみた。産業別に比較すると、今回の円安が実効為替ルートに与える影響は業種ごとに異なることがわかる。輸送用機器や一般機器はドイツや米国に比べて日本の競争力が強まっていることが確認できたが、電気機器や光学機器については、現在の日本の競争相手が韓国や台湾などアジア新興国であり、韓国がまだ日本よりも有利であることがわかった。企業側ではおのおのの生産体制に合わせたコスト削減と新製品開発の努力を継続することが必要であるとともに、政府も円安が対外競争力に与える影響の業種ごとの違いを確認しながら政策対応することが重要となろう。

 

第六章『円安はつづくのか』

 

これまで述べてきたように、2021年後半から驚くべきペースで円安は進行した。2022年初めから半年余りで20円以上下落するとは、当初はだれも予想していなかっただろう。円安の背景は、大きく分けて2つある。第一に、日米金融政策の方向性の違いを起因とする日米金利差の拡大である。そもそも金利の引き締めを開始していた米国と金融緩和継続のスタンスを固持する日本という構図はだれの目にも明らかであった。世界の主要国がインフレ圧力の高まりを受けて一斉に金融引き締めを強化するなか、日銀の緩和スタンスは変わらず、円やそのほかの通貨に対しても売られ、実質実効為替ベースで歴史的な円安水準まで下落した。第2に、日本の貿易赤字の継続・拡大である。これは2021年後半から明確になった原油価格をはじめとする資源価格の上昇トレンドが2月以降のロシアのウクライナ侵攻でさらに強まり、円安と資源価格の高騰のダブルパンチという交易条件の悪化で、スパイラル的に円安が進んでしまったものだ。こうした状況は2022年9月初め時点において大きな変化は見られない。2022年3月後半に円ドル相場が120円台に乗ってから、日銀の黒田東彦総裁が非常に苦しい立場に置かれている。世界規模で進む歴史的な物価高騰の中、異例の金融緩和策を維持し、他の中央銀行とは異なる独自路線を邁進する日銀の金融政策が、「悪い円安」を助長している、との批判的な見方も国内では徐々に強まっていった。黒田総裁は当初は「円安は全体としては日本経済にプラス」との発言を繰り返していたが、原油高など物価高の弊害を強く感じている政府、産業界、国民はこの見方に違和感を持ち、円安を容認する日銀への批判を潜在的に高めてきた。しかし日銀がたとえ金融緩和政策を変更したとしても、日米金利差がすぐに縮小するとは限らない。日銀が利上げするとしても、その幅は極めて小さいものであると予想されるし、もしそれよりも米国の利上げ幅が大きければ、日米金利差が拡大することもありうる。現在の金利差がすぐに解消することは望めず、そうなると円安傾向は当面続く可能性が高い。日本の金利が将来上昇する場合には、国債金利の利払いが肥大することも懸念されている。これに関しては、金利水準がまだ低いことに加え、金利上げ局面になったときは慎重にアナウンスメントをしながら徐々に上げていけば、利払い費の拡大が短期的に財務悪化をもたらすには至らないと考える。またもし利上げによって日本国債に金利が少しでもつくとなると、金融商品としての魅力が増す。現在のような円安の下で、実は世界の投資家は日本の債券・証券の買い場がいつ来るのかを探っているともいわれている。その点では内外の投資家による日本国債の買い需要が喚起される可能性もある。他にも、利上げにより、預金生活者である高齢者の消費が喚起されることも期待されるかもしれない。「利上げ」が日本経済にもたらす様々な副次的な効果についても検討すべきだろう。

 

第7章『為替介入の効果はあるのか』

各国の通貨当局は、為替市場メカニズムを通じて為替レートに影響を与えることを目的に為替介入を行う。一般的に、固定相場制を採用する国は、外国の為替市場における需給ギャップを埋め、固定相場を維持するために為替介入を行う。一方、日本のような変動相場制採用国は、原則として為替レートを為替市場の需給関係に任せて決定することになっているが、過度な為替変動を避けるための為替相場安定化のため、あるいは為替レートをある目標に誘導するために為替介入を行う場合がある。これまで日本では、過度な円高ドル安の場合には、円売り・ドル買い介入が、過度な円安ドル高の場合は、円買い・ドル売り介入が行われてきた。2022年9月22日、前日の米国市場では米FRBが0.75%の利上げをし、スイス中央銀行も利上げに追随さなか、黒田日銀総裁は日本の金融政策に変更がないとの記者会見を行い、円ドル相場は1ドル146円手前まで円安が進行した直後、日本政府は24年ぶりにドル売り円買い介入に踏み切った。2022年以降の円安に対しては、これまで円安をけん制する発言が繰り返されていたが、実際に市場介入に踏み切ったかどうかは疑問の声もあっただけに、突然の介入実施のインパクトは大きく、円相場は140円前半まで買い戻されたのちに142円台でもみ合いが続いた。しかし、その後は徐々に円安方向に値を戻しており、為替介入効果は一時的なものに終わった。日本以外の先進国では米国の利上げに追随する動きがみられ、金融緩和を継続している国は日本以外にはない。単独介入での効果は、さらなる円安進行防止にはなるものの、相場の反転までは期待できないだろう。円安トレンドを修正するためには、為替介入といった一時しのぎの手段ではなく、一日も早くインバウンドの正常化を図り、少なくともサービス収支の赤字の減少→黒字化を目指すなど、貿易収支赤字を減らす具体的な提示をすべきだろう。

 

第8章『円安を好機とする好ましい政策は何か』

今回の円安のデメリットが大きかったのは、貿易取引の決済通貨で円の割合が低いためである。特に、輸入サイドで貿易額の大きい米国や産油国との建値通貨がほぼドル建てで行われている点については何らかの改善が必要となるかもしれない。日本は中東諸国向けの輸出では円建てを使っている割合が高い。ということは、輸入相手は日本に支払う分の円が必要となるわけだから、その文を日本が中東から原油を輸入する際に円建てで支払ってもいいのではないか。日本と欧州間の貿易はお互いに輸出時に相手国建てを使っている。これと同じように、日本と米国間の貿易でももう少し円建てを増やす手立てはないのだろうか。日本でも、半導体製造装置を手がける東京エレクトロンが、輸出取引をほぼすべて円建て決済にしている。費用のかかる研究・開発を日本で行っており、為替リスクを回避するためであり、貿易を始める際に円建てを主張したそうだ。貿易建値通貨選択の先行研究によれば、競争力のある差別化された財であるほど、自国通貨建てを選択できるという。国内回帰を進めている企業の一部は、競争力のある財、メイド・イン・ジャパンが付加価値となるような財の国内生産回帰を進めているという。それならば、それらを日本から輸出する際にはぜひ円建てでの輸出を交渉していただきたい。今はアジア通貨を含む日本の貿易相手国ほぼすべてに対して円安が進んでいる。言い換えると、彼らにとって円を調達することは従来よりもコストがかからない。少なくとも輸出で円建てをお願いしても、彼らにとってはさほど悪い条件ではないはずである。長期的に見れば今後また円高になる可能性もある。そういった為替変動リスクを避ける点でも、現在のような円安で、相手国が円を安く入手でき、円建て輸出を交渉しやすい時期に円建てを増やしておくことは、将来の円高対策としても重要だ。特にアジア各国においては、アジアの現地通貨建て取引の促進を手伝うとともに、そのバーターとして円建てのシェアを増やすことは、アジアにおける過度なドル依存を緩和させることにもつながるだろう。

 

著者 清水順子 2022年11月8日

 

授業の際に日本と海外の金利政策や円安ドル高について要約することが多く、そもそも何が原因でこれから日本はどうなっていくのか、どういう政策をとるべきかなど詳しく知りたいと考えていたので、この本を選んだ。日本経済の現状を知り、なぜ現在の円安が悪いと言われているかを知ることができ、これからどんな政策をとりどのような方向に日本の経済や世界の経済が動いていくかにより一層興味をもつことができた。今後記事を読むうえで、世界の動向に対して日本がどう対応していくかを、その理由と目指す形を考えていきたいと感じた。

 

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