二章 海外のIR事例
1,シンガポール:政府主導による成功モデル
シンガポールは、IR導入に成功した国として世界的に高い評価を受けている。2000年代初頭、政府は観光産業の競争力低下と経済の多角化を背景に、統合型リゾートの導入を検討し始めた。当時、カジノ事業は社会的に強い抵抗があり、長らく非合法とされていたが、2004年にリー・シェンロン首相が「国際競争力強化のためには大胆な転換が必要」として、慎重な社会的議論のもと合法化に踏み切った。
政府は、単なる「カジノ解禁」ではなく、「統合型リゾート(Integrated Resort)」という新しい枠組みを打ち出し、カジノを観光・文化・ビジネス機能の一部として位置づけた。2005年にIR合法化法案が議会で承認され、厳格な規制制度と社会的対策を整備する形で導入が正式決定された。代表的な対策として、シンガポール国民および永住者に対して入場料(100シンガポールドル)を課す「カジノ入場規制制度」が導入され、依存症対策と社会的合意形成を両立させた。
2010年には、「Marina Bay Sands」と「Resorts World Sentosa」という二つのIRが開業した。両施設は、いずれもカジノを中核としながらも、施設全体の約7割を非ゲーミング領域(ホテル、MICE施設、劇場、美術館、ショッピングモールなど)が占めており、観光・文化・ビジネスの融合による都市型リゾートの理想形を示した。
この成功の背景には、政府の明確な戦略と段階的な合法化プロセス、そして社会的合意形成の徹底があった。シンガポール政府は、IRを単なる娯楽施設ではなく、国際会議や展示会(MICE)を通じたビジネス拠点、文化・観光の発信地として位置づけたことで、経済的利益と社会的信頼を両立させた。
このような「非合法からの制度的転換」と「社会的受容を前提とした政策設計」は、後にIR推進法の制定をめざした日本政府にとっても重要な先行事例となった。特に、経済活性化と国民合意をどのように両立させるかという点で、シンガポールの成功モデルは日本の政策形成過程における理論的・実務的な参照点となっている。
2,マカオ:中国特別行政区における世界最大のIR集積地
マカオは、世界最大規模のIRが集積する地域として知られている。1999年の中国返還後、「一国二制度」により高い自治権を維持し、2002年にカジノ運営権を海外資本に開放したことが発展の契機となった。ラスベガス・サンズ社による「The Venetian Macao」や、メルコ社の「City of Dreams」、ギャラクシー社の「Galaxy Macau」など、国際的なIR企業が相次いで進出した。これらの企業は、資金力と運営ノウハウを生かして大規模開発を進め、短期間でマカオを世界有数の観光都市へ押し上げた。
この急成長の背景には、2000年代以降の中国本土の経済発展と中間層の拡大がある。2003年に導入された「個人訪問スキーム(IVS)」により、中国人観光客のマカオ訪問が急増し、カジノ収益は急拡大した。その結果、2013年にはマカオのカジノ収益はラスベガスの約7倍に達し、世界最大のカジノ都市となった。
しかし、中国政府は2014年以降、マネーロンダリング防止や汚職対策、資金流出抑制を目的として、マカオへの渡航や送金を段階的に制限した。これにより観光客数とカジノ収益は一時的に減少したが、マカオ政府は非ゲーミング領域の拡充に舵を切り、エンターテインメント、文化、家族向け観光など多角的な都市機能の強化を進めている。マカオの事例は、中国経済の成長と統制の狭間で発展を遂げた「国家管理型市場開放モデル」として位置づけられ、アジアにおけるIR産業の方向性を示す象徴的存在である。
3,アメリカ:統合型リゾート概念の原点と産業の成熟
アメリカは、統合型リゾート(IR)という概念の発祥地であり、その発展は世界のIR政策の基礎を築いた。アメリカ国内にはネバダ州やニュージャージー州をはじめ、複数の州で異なる制度・形態のIRが存在している。その中でも特に象徴的なのが、ネバダ州ラスベガスを中心に発展した「ラスベガス型IR」である。
ラスベガス型IRとは、民間企業主導による商業的リゾート開発モデルであり、カジノを中心に宿泊施設、ショー、レストラン、会議場などを一体的に組み合わせた都市型エンターテインメント施設群を指す。現在、アメリカ全土では統合型リゾートと呼ばれる施設がおよそ60〜70存在し、そのうちラスベガス型とされる大規模商業IRはネバダ州およびニュージャージー州を中心に約20施設前後で展開されている。20世紀半ば以降、砂漠地帯に建設されたラスベガスは、ギャンブルを起点としながらも「非ゲーミング要素(Non-Gaming)」を積極的に拡充することで観光都市としての地位を確立した。代表的な施設には「Caesars Palace」や「Bellagio」、「Wynn Las Vegas」などがあり、高品質なショーや芸術的空間の提供によって、ギャンブル中心の娯楽産業を文化・観光産業へと転換させた。
一方で、アメリカ国内にはラスベガス型とは異なる制度的背景を持つ「インディアンカジノ(部族カジノ)」が存在する。これは、先住民族の経済的自立を目的として1988年に制定された「インディアン・ゲーミング規制法(IGRA)」に基づき、連邦政府の承認のもとで運営されるものである。インディアンカジノはネイティブアメリカンの居住地域に設置され、州政府の直接的な課税対象外となることが多い。そのため、部族社会の雇用創出や地域経済の活性化に大きく寄与している一方、施設間の競争や運営透明性、依存症対策といった社会的課題も指摘されている。
アメリカのIR産業の成功要因としては、こうした多様な制度的枠組みの共存が挙げられる。ラスベガスの自由市場型モデルと、部族カジノの自治的運営という二つの形態が併存することで、地域特性や社会背景に応じた柔軟なビジネスモデルが形成されている。また、自由競争によるサービス革新、民間企業の資金力、エンターテインメント産業との連携が、世界に先駆けてIRの多角的発展を可能にした。アメリカの事例は、商業的成功と社会的責任の両立を模索してきた先進的モデルとして、各国の政策設計における重要な比較対象となっている。
4.韓国:文化と観光を融合した規制下でのIR展開
韓国は、厳格なカジノ規制のもとでIRを観光振興政策の一環として発展させてきた。国内では、韓国人が利用できるカジノは江原道の「江原ランド」に限られており、他の17施設はすべて外国人専用である。このような制度のもとで、政府は外国人観光客を主なターゲットとするIRの開発を推進している。
韓国のカジノ産業は、戦後から現在に至るまで、段階的な制度変遷を経て形成されてきた。まず、1948年の建国から1960年代までは、賭博行為が刑法で全面的に禁止される「厳格な禁止期」であり、国内に合法的なカジノは存在しなかった。転機となったのは1967年の「観光振興法」の制定である。これにより、外貨獲得を目的とした外国人専用カジノの合法化が認められ、同年、ソウル市内に韓国初の合法カジノ「ウォーカーヒル・カジノ」が開業した。その後、1990年代にかけて済州島など観光地を中心に外国人専用カジノが増加し、観光産業の一部として定着していった。
次の大きな変化は、2000年の「江原ランド法」による国内向けカジノの限定的解禁である。かつて炭鉱地として栄えた江原道の地域再生を目的に、韓国人の入場が唯一許可された「江原ランド」が開業した。この施設は、失業対策や地域活性化という社会政策的目的のもとで設置された特例的な存在であり、他地域では引き続き外国人専用制度が維持された。このため、韓国のカジノ制度は「外国人専用17施設+国内向け1施設」という独自の二層構造を持つに至った。
そして2010年代以降、政府は「カジノ=ギャンブル」ではなく「文化・観光の複合インフラ」としてのIR(統合型リゾート)政策へと舵を切った。代表的な事例が、仁川国際空港近郊に開業した「Paradise City」(2017年)である。同施設は、カジノに加えてホテル、コンベンション施設、K-POPライブホール、美術館などを備えた複合文化リゾートとして運営されている。また、済州島に開業した「Jeju Dream Tower」も、リゾート性を活かした観光型IRとして注目されている。
韓国のIR発展は、2000年代以降の中国経済の急成長と中間層の拡大と密接に関係している。中国政府がマカオへの渡航を制限する一方で、韓国は地理的に近く、ビザ制度も比較的緩やかであったことから、中国人観光客が主要な顧客層として流入した。特に仁川や済州といった地域は航空アクセスの利便性が高く、中国・日本・東南アジアを結ぶ観光ハブとしての地位を確立している。
韓国の成功要因は、こうした外国人需要を的確に取り込みつつ、国内世論への配慮として外国人専用制度を維持し、文化・芸能などのソフトコンテンツを融合させた点にある。K-POPや韓流ドラマといった韓国独自の文化資源をIR運営に組み込み、「ギャンブル依存」ではなく「総合エンターテインメント」としてのブランド価値を高めることに成功した。結果として、韓国は厳しい規制環境を逆手に取り、段階的な制度改革と文化戦略を両立させた独自のIRモデルを確立したといえる。