卒論 第二章

第二章 博士人材の必要性と日本での現状

前章では経済の発展にはイノベーションが必要だと記述したが、そのイノベーションを増やす方法の一つとして博士号を取得した学生の採用が挙げられる。その論拠として文部科学省の科学技術・学術政策研究所の池田と乾が2018年に行った博士号保持者とイノベーションの関係に関する論文を参照する。この論文では2015年に同じく文部科学省の科学技術・学術政策研究所によって行われた全国イノベーション調査のデータを基に、企業における博士号保持者の有無がプロダクト・イノベーションやプロセス・イノベーションの実現に及ぼす影響に関して分析している。分析結果によれば博士号保持者が在籍している企業はそれ以外の企業に比べて、プロダクト・イノベーションの実現確率が11ポイント高く、プロセス・イノベーションの実現確率については7~8ポイント高いことが分かったという。

以上のことから、博士号保持者がイノベーションに対して大きな影響をもたらすことがよくわかる。しかし、現在日本での博士号を取得しようとする学生は年々減少しており、博士号取得者の割合も世界に比べても低い水準であるという。

 

文部科学省が2021年4月28日の科学技術・学術審議会人材委員会のために作成した資料(以下資料①とする)によると、修士課程修了者の進学者数・進学率が減少傾向にあり、2000年から2020年で2,377人(7.3ポイント)減少したという。また資料①に掲載されている博士号取得者の国際比較では主要7カ国(日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、中国、韓国)の中で、日本のみ人口100万人当たりの博士号取得者数の減少傾向が続いている。アメリカと韓国は2000年度時点で日本と同程度であったが、その後順調な伸びを見せ、最新値では日本の約2倍と大きな乖離が存在する。では、今の日本の博士号取得者が減少しているこの現状はどのような原因で起きているのだろうか。

 

その理由を解明するために、科学技術・学術政策研究所,が平成21年3月に作成した、「日本の理工系修士学生の進路決定に関する意識調査」を参照する。この意識調査で博士課程に進学したいが結果断念した原因として、二つの要素が挙げられていた。それが「博士課程に進学すると終了後の就職が心配である」と「博士課程に進学すると生活の経済的見通しが立たない」であった。確かに資料①に掲載されている情報では博士後期課程修了者の就職率は70%程度で停滞しており、経済的支援も国が定めた生活費相当額である180万円以上を受給している学生(貸与奨学金は除く)は全体の一割となっていて、挙げられていた二つの要素と現状が合致している。したがって、博士号課程進学を阻害する主な要因は博士課程在籍中の経済的不安と、博士課程修了後のキャリアパスの不安と考えられる。

 

次に以上で述べた日本の現状を生み出してきた政策・施策の具体例について記述する。

日本の経済的な支援では前述したように2021年時点で博士学生全体の一割しか生活費相当額を受け取れていないが、その一割が受け取っていたものが特別研究員制度による支援金である。特別研究員制度とは日本学術振興会(JSPS)が行っている支援制度であり、優れた若手研究者に自由な発想のもと主体的に研究活動を行う機会を与えることで、創造性に富んだ研究者の養成・確保を図る制度のことである。この制度では優れた研究能力を持つ博士人材を特別研究員に採用し、研究奨励金の支給及び科研費を交付する(研究奨励金240万円/年、科研費150万円/年)。また支援総数は約4200人となっている。

 

次に2021年度より新たに始まった博士号学生の支援制度を二つ記述する。初めは次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)である。この制度は博士学生が研究に専念するための経済的な支援と産業界含め幅広く活躍するためのキャリアパス整備を行う意欲のある大学を支援するもので、2021年度より国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が行っている。個人で申請する特別研究員制度とは異なり、各大学により選抜された博士学生に対し、生活費相当額及び研究費の支給や、キャリア開発・育成コンテンツをはじめとする様々な支援が提供される。

次に科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業である。同じくJSTが行っているこの制度は、内容的にはほとんどSPRINGと同じであるが研究分野に関して多少異なる点があり、本フェローシップでは、将来を担う博士人材を戦略的に育成していくため、各大学が将来のイノベーション創出などを見据えてボトムアップで提案するボトムアップ型と、国がトップダウンで分野を指定する分野指定型の2タイプが存在している。SPRINGは学生が研究分野を自身で自由に選択できるため大きな違いが存在する。

以上の二つは生活費180万円と研究費が支給される。

 

日本も博士人材が減少している現状を打破するために2021年から新たな活動を始めたものの、2022年度の博士後期課程進学者数は2021年に比べて減少している。この減少を止める方法を探すために海外が行っている施策の具体例について次章では記述する。

博士号保持者と企業のイノベーション:全国イノベーション調査を用いた分析[DISCUSSION PAPER No.158]の公表について – 科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

【資料2】科学技術・学術分野における人材の育成・確保をめぐる現状と課題 (mext.go.jp)

博士後期課程学生の経済的支援|博士後期課程学生支援について|次世代研究者挑戦的研究プログラム|JST

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