卒論 第一章

現在、日本経済は長期の停滞の真っただ中にある。

日本経済は1990年代初頭にバブルが崩壊し、2000年代初頭までの期間は「失われた10年」といわれ経済成長率は低迷した。バブル経済崩壊の影響が薄れた2000年代に入り、緩やかに景気の回復が続いた期間もあったが、リーマン・ショックの影響による大きな落ち込みにより成長率はまたしても低い値にとどまった。その後アベノミクスによる大規模な金融政策や民間投資が行われたが、結果一時的な成長にとどまり経済の停滞を脱出するまでは至らなかった。IMF(国際通貨基金)が発表している実質GDPの成長率で日本はここ30年マイナスの年次が多く、毎年2%前後の成長を遂げているアメリカとは大きな違いがあるといえる。

今の状況を脱却するために私はイノベーションが必要であると考える。イノベーションとは1911年にヨーゼフ・シュンペーターによって定義された、「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」を指す。このイノベーションには5種類の分類があり、以下の5種類である

・プロダクト・イノベーション

市場において全く新しい製品、あるいは新しい品質の製品の生産のこと

・プロセス・イノベーション

新しい生産方法や労働方法の導入のこと

・マーケット・イノベーション

新しい市場の開拓などで販路を拡大すること

・サプライチェーン・イノベーション

原料あるいは半製品の新しい供給源を獲得すること

・オーガニゼーション・イノベーション

全く新しい形の組織を生み出すこと

 

本論文ではこの5種類の中でも特にプロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションを扱う。

日本経済の停滞を脱却するためにイノベーションが必要な理由は、GDPを上昇させるのに必要な企業の成長にイノベーションが寄与するからである。その論拠としてケーススタディを二つ紹介させていただく。

一つ目は特許権がもたらす経済効果について記述する。特許権はイノベーションの中でも重要なプロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションを生み出した結果取得できるもので、どちらかのイノベーションの証明的な役割を持つ。この特許権が経営指標に対する影響を調べるため、2021年にJETRO(日本貿易振興機構)が行った特許権に関する調査を取り上げる。その調査とは上場食品企業のなかでB to C事業が売り上げの過半を占める8社を抽出し製品に関する特許権(プロダクト・イノベーション)の数と経営状況にまつわるものである。結果、これらの企業では保有特許権数の増大に従って、売上高営業利益率が増大する傾向がみられ、ROA (総資産利益率)も同じく正の相関がみられた。結果として、事業利回りが改善したといえる。

また上記食品企業から一社除いた7社を対象に、生産技術関連の特許(プロセス・イノベーション)のみに絞って同じ調査が行われた。その結果、同じく売上高営業利益率に正の相関がみられた。また総資産回転率というどれだけその製品が売れたかを指す指標に対しても正の相関がみられた。プロセス・イノベーションはコストカットのイノベーションのため、取引量の向上につながったことがよくわかる結果であるといえる。

 

次にイノベーションの影響で経済成長を成し遂げた具体例として日伸工業株式会社を挙げる。

滋賀県大津市の日伸工業株式会社は、小物精密金属プレス加工を行う中小企業である。1959年の創業以降、テレビ用ブラウン管部品の製造を主力として成長してきた。1990年ごろには国内家電メーカーの海外進出とともに、海外に工場を展開しシェアを拡大し続けた。しかし、2000年ごろからブラウン管テレビの需要減少と共に大きな売り上げの落ち込みを見せ、厳しい経営状況に陥った。しかし、2008年に自動車業界の部品製造事業に参入。元来のプレス技術力と自動車部品に合わせた新たな成型方法の開発というイノベーションを合わせることで、ブレーキ部門の世界シェア20%という自動車部品製造で確立した地位を築き上げた。ABSブレーキの義務化が2014年にあったのも、彼らの追い風になったといえる。自動車部品部門参入以後は右肩上がりの成長を続けているという。

以上から日伸工業株式会社は新たな市場へのチャレンジというマーケット・イノベーションと新たな成型方法の開発というプロセス・イノベーションの二つのイノベーションを活用し、経済成長を遂げた企業といえる

以上の二つのケーススタディから、イノベーションは企業の成長に大きく寄与しており、実質GDPの向上に必要な要素であるということが分かった。

ではこのイノベーションを増やすにはどうすればよいのだろうか。その方法の一つとして博士号を取得した学生の採用が挙げられる。その論拠として文部科学省の科学技術・学術政策研究所の池田と乾が2018年に行った博士号保持者とイノベーションの関係に関する論文を参照する。この論文では2015年に同じく文部科学省の科学技術・学術政策研究所によって行われた全国イノベーション調査のデータを基に、企業における博士号保持者の有無がプロダクト・イノベーションやプロセス・イノベーションの実現に及ぼす影響に関して分析している。分析結果によれば博士号保持者が在籍している企業はそれ以外の企業に比べて、プロダクト・イノベーションの実現確率が11ポイント高く、プロセス・イノベーションの実現確率については7~8ポイント高いことが分かったという。

以上のことから、博士号保持者がイノベーションに対して大きな影響をもたらすことがよくわかる。しかし、現在日本での博士号取得者は年々減少しており、世界に比べても低い水準であるという。

次章では、日本と世界における博士号にまつわる理系人材の育成状況に関して記述する。

 

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