書評 「生成AIスキルとしての言語学」

書評 「生成AIスキルとしての言語学」

本書の著者である佐野大樹はオーストラリアで言語学の博士号を取得したのち、国立国語研究所という日本語や社会における言葉の実態を科学的・総合的に研究する機関に、言語学者として所属していた。現在は機械と人のコミュニケーションのスペシャリストとして、生成AIの開発に従事している。本書では、著者が専門としている言語学という視点から生成AIをとらえ、その能力を自分の目的に合わせて引き出し、生成AIとの対話を広く、深くするための一手段として、「生成AIスキルとしての言語学」が紹介されている。

第一章 生成AIとは何か。人同士の対話と生成AIと人との対話の相違点は何か。

第一章では、そもそも生成AIとはどのようなものなのか、生成AIとのやり取りは人同士の対話とどこが異なるのかについて取り上げている。

人工知能の歴史が1950年代に始まって以来、レントゲン写真やMRI画像、Siriといったさまざまシステムが人工知能を利用して開発されてきた。しかし、人と同じようなレベルでテキストや画像を生成できたものはこれまでなかった。さらに、これまでの人工知能は専門知識やプログラミングスキル、データなしでは自分の目的に応じた活動を人工知能に実行させることができなかったのに対し、生成AIとのコミュニケーションではそれらが必要とされることがなく、我々人間が日常生活で使っている自然言語を使用する。生成AIの特徴の一つは、専門的な知識がなくとも、自然言語を使って、情報を処理したり、アイディアを表現したりとさまざまな用途に活用できることである。

生成AI は、入力されたテキストを深く理解し、それに基づいた新しいテキストを生成する能力を持つ。このシステムはトランスフォーマーと呼ばれ、それを根幹として大量のデータから言葉の使われ方を学習し、回答を生成している。

人が対話の目的として言葉を選択している一方で、生成AIはデータから学んだパターンに基づいて会話を生成しているという違いがある。それに加え、人とのコミュニケーションでは頻出する個人間で共有されている経験によって特別な意味を持つような表現が、生成AIとのやり取りには存在しない。

第二章 言語学とは。なぜ言語学が生成AIと対話するのに活用できるのか。

第二章では言語学がどのようなものか、そして言語学が生成AIとの対話に生かすことができる理由について触れられている。

言語学では元来、人と人とのコミュニケーション手段として言葉についての研究を行ってきた。言葉の機能、構造、意味、語彙、文法、語用、習得過程などさまざまな側面から、言葉の本質について思考するのが言語学という分野である。言語学が生成AIとの対話に活用できるのは、第一章でも触れられていたように、生成AIとのコミュニケーションが形式言語でなく自然言語で行われるから、また、どのように指示や質問を表現するかによって、生成AIの知識やスキルをどこまで生かせるかが変わってくるからである。

主にイギリスやオーストラリアを中心に発展してきた言語理論であるSFLでは、言葉の機能には、経験を解釈する機能、対人関係を築く機能、情報・考えを整理して会話や文章として形成する機能の三つがあるとされている。この考え方が、指示や質問を生成AIに伝えるうえでの言語機能、生成AIが作成した回答を解釈する上での言語機能、生成AIと共同作業で作成したものを人に伝えるうえでの言語機能、これらを考慮するのに利用できると述べている。

第三章 生成AIとの対話の目的。プロンプトの構造。

第三章では生成AIとの対話の目的と、生成AIに指示や質問をする場合、プロンプトはどのような構造をしているのかが説明されている。

生成AIとの対話の目的には、大きく分けて、情報やアイディアを理解する、情報やアイディアを表現する、考えを分析・整理するといったものがある。

指示や質問を生成AIにする場合、プロンプトに含める必須の要素が指示や質問の説明である。また、対話の目的に応じて指示や質問以外にも、状況設定や様式の選択、例の提示をプロンプトの構成要素として選択する。

第四章 状況設定。

第四章では、第三章で挙げられたプロントの構成要素のうち、状況設定に焦点を当て、状況設定をプロンプトに入れ込むことで、生成AIの知識やスキルをどのように引き出すことができるかが概説されている。

状況設定は言語学でコンテクストとして扱われる。コンテクストを説明する概念の一つに、状況のコンテクストと呼ばれるアプローチがあり、このアプローチでは、会話や文章に影響を与えるコンテクストの要素として、フィールド、テナー、モードの三つがある。                一つ目のフィールドは、コンテクストで何が起こっているのか。どのような出来事が起き、どんな人・物が出来事に関与しているかを表す要素。フィールドを説明することで、生成AIとの対話の内容を、より自分の目的に合致したものにすることができる。二つ目のテナーは、コンテクストにおいて、だれがどのような立場・役割を持っているか、立場・役割は当該のコンテクストに限定されるものか、それとも、それ以外でも役立つ役割かを表す要素。テナーを説明することで、生成AIとの対話の専門性、視点などをコントロールすることができる。三つ目のモードは、コンテクストにおいて、言葉がどのような役割を果たすのか。役割に応じて、どのような言葉が形成されるのかを表す要素。モードを説明することで、生成AIに目的に合ったかたちで回答を構成させることができる。

第五章 指示/質問の説明

第五章では、指示/質問の説明は、生成AIがどのように回答を生成するかを誘導するうえで重要になるということを、発話機能と論理‐意味関係という知見を使って説明している。

指示や質問は、言語学では発話機能の種類として扱われる。発話機能の知見に基づくと、指示は「物・サービスを要求する発話」、質問は「情報を要求するための発話」と定義できる。自らが求める回答を生成AIに導き出してもらうために、指示・質問の説明が重要になってくるわけだが、そこで活用できる考え方が論理‐意味関係である。論理‐意味関係は、指示や質問の一文だけからなるものではなく、指示や質問を主部として、それを補足する従属部との関連性を分析することに利用できる。論理‐意味関係には、主部と従属部の関係として、大きく分けて詳細化、増補、拡張の三つがあると考えられている。

詳細化の関係は、従属部が主部の指示や質問を言い換えたり、明確化したりするときに成り立つ。詳細化によって指示や質問を補足することで、生成AIが回答を作成する際に具体的に何を実行するかを誘導できる。

増補の関係は、従属部が主語に表された指示や質問を行う手段、条件、原因、時間や場所などを提示する場合に成り立つ。増補によって指示や質問を補足することで、生成AIがどのように、もしくは、どのような条件を考慮して回答を生成できるかを誘導できる。

拡張の関係は、主部の指示や質問に対して、従属部が何か追加したり代替案を提示したりするときに成り立つ。拡張によって指示や質問を補足することで、生成AIが回答を生成する際に、指示や質問をどのような手順で実行するかを誘導できる。

第六章 様式の選択。例の提示。複数のやり取りからなる生成AIとの対話。

第六章では、プロンプトの構成要素である「様式の選択」と「例の提示」が生成AIの回答にどう影響を与えるのか。また、生成AIとの対話を、一度のやり取りだけでなく、複数回続けることによる効果が記されている。

文体、会話や文章の形式、媒体、ジャンルといった様式の選択肢を生成AIに伝えることで、生成AIの表現、構成能力を引き出すことができる。例えば、ある料理のレシピを生成AIに質問する場合、食材や分量などを表形式で記してもらった方が、一つなぎの文章よりも見やすく、必要なものがすぐにわかるようになる。

また、例の提示をすることで、生成AIに状況設定や指示/質問の説明の内容をどう回答に反映したら良いかを伝えられる。例を一つだけ見しても回答が変わらない場合や、生成AIにさまざまなバリエーションを作成させたい場合は、複数の例を提示するなどの工夫によって違った回答を引き出すことができる。

しかし、指示や質問の説明や補足を行っても満足のいく回答を得られないときがある。そういった場合には、追加のプロンプトを送って、回答をより詳細化、増補、もしくは、拡張することが効果的である。

第七章 アプレイザル理論。言い換え。

第七章では、これまで紹介されてきた知見を組み合わせて、生成AIの使い方をさらに広げ、深めるような、少し発展的な用途が二つ紹介されていた。

一つは、評価をほかの人に伝える前に、自分の評価の表し方を見直すという用法である。ここでは、言語学で機能言語主義的立場から提案されたアプレイザル理論の考え方が用いられる。アプレイザル理論では、評価について特に次の四つを考える。①どの表現が肯定的な評価、もしくは、否定的な評価を表すか。②何を対象とした評価か。③直接的な表現を使っているか、間接的な表現か。④どのような評価基準を示す表現が使われているか。この分析方法を活用して、聞き手・読み手に自分の評価を伝える前に、自分の評価の表し方を生成AIと一度整理することで、伝えたいことをちゃんと表すことができているのか、相手にどう伝わる可能性があるのか、他により効果的な評価の表し方はないかなど、第三者の立場で見直すことができる。

もう一つは、自分の評価の表し方を見直すのとは逆に、評価やフィードバックを誰かから自分が受け取る場合に、生成AIを活用する用法である。評価やフィードバックの中には、現状を改善していくために有用なものもあれば、逆に否定的な批判のみで、モチベーションを下げてしまうようなものもある。そこで、生成AIを使って、否定的な批判を建設的なフィードバックに言い換えてしまう方法が紹介されている。言語学で言い換えを扱うとき、含意という概念を使って考える場合がある。含意という考え方の便利なところは、与えられた文章や発話から、言外の意味まで推測できるようになることである。例えば、自分が提出した企画書に対し上司から否定的な批判を受けたとき、直接的に伝えられたことだけを解釈した場合、ネガティブな気持ちになってしまうことが予測される。そこで、生成AIにこの批判を「建設的なアドバイスに言い換えて」と伝えることで、未来志向なものに言い換えてくれる。

このように、生成AIとの対話を介して、自分が評価するときには、評価の表し方を見直し、評価を受け取るときには、建設的なフィードバックに言い換えることで、対人関係を良好なものにしたり、改善したり、モチベーションを取り戻したり、高めたりするのに活用できる。

本書を通して、言語学的知見を活用して生成AIと対話することで、生成AIの知識やスキルを引き出し、自分の目的に合った回答を引き出すテクニックについて学ぶことができた。また、身近な言葉を使って、日常的な場面から教育的な場面、ビジネスの場面など幅広い分野で、さまざま使い方ができるのが生成AIのすばらしい部分だと感じた。しかし、生成AIを使用する上で気を付けなければいけないことも多数あると思った。一つは、生成AIが作成する回答は、常に正確だとは限らないこと。もう一つは、生成AIに入力したデータがどのように利用されるのか確認すること。これらは人と人の対話にも当てはまることである。生成AIが何でも知っていると過信することなく、生成AIはあくまで我々のサポートをしてくれるパートナーであり、我々が対話における主導者であるという認識を持つ必要があると感じた。パートナーといっても、生成AIは、対話者の背景や目的を自ら察してくれるわけではないため、質問や指示の仕方を工夫する必要があり、その具体的な用法が本書では紹介されていた。私は、それではせっかく人工知能を利用しているのに逆に大変なのではないかという感想を最初は持った。しかし、生成AIと複雑なタスクを一緒に行う際、質問や指示をどう構成するのがよいかをプロンプトとして表現することも、自分の考えや目的を整理し、それを生成AIと一緒に達成する上で、重要なプロセスだと気づくことができた。生成AIを扱うときは生成AIの特徴や危うさを理解し、今回新たに得た言語学的知見を活かして、自らの目的に合致した対話をしたいと思う。

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