書評「脱炭素」が世界を救うの大嘘

この本の編著者の杉山大志はキャノングローバル戦略研究所研究主幹であり、温暖化問題およびエネルギー政策を専門としている。著者は杉山のほか、川口マーン恵美や掛谷栄紀、有馬純などがいる。この本はSDGSと脱炭素の実態について、複数の著者たちがそれぞれの切り口からレポートしたものである。

第1章 世界的「脱炭素」で中国が一人勝ちの構図

1章では世界的「脱炭素」で中国が一人勝ちの構図について取り上げている。

米国が主催した2021年4月22~23日の気候サミットにおいて、先進国はいずれも2030年までにCO2をおおむね半減すると約束したのに対して、中国等は「途上国は経済開発の権利があり、先進国は過去のCO2排出の責任を負って率先してCO2を減らすべきだ」というポジションを取っていたため、米国が求めた目標の深堀にまったく応じなかった。このように今回のサミットで先進国は自滅的に経済を痛めつける約束をした一方で、中国は相変わらず、事実上まったくCO2削減に縛られないことになった。その結果の一例として、先進国はCO2排出を理由に途上国の火力発電事業から撤退するが、それによって中国がこの市場を独占できる。そして先進国が石油消費を減らし、石油産業が大打撃を受ける一方で、中国は産油国からの調達が容易となり、中国に優位に影響していると述べている。また太陽光発電や風力発電の設備に必要なレアアースも中国に依存する形になっている。レアアースは世界中に存在するが、先進国はどこも環境規制が厳しくなる傾向にあるため、いま世界全体の70%以上が中国国内、中国企業によって採掘されており、中国による独占的な供給状態であると述べている。

第2章 正義なきグリーンバブル

2章では欧州メーカーのEV戦略についてまとめられている。

欧州メーカーの戦略については、ドイツを中心とする欧州自動車メーカーがエンジン車やハイブリッド車を締め出しEVを推進し、国家、あるいは地域ぐるみのゲームチェンジによって覇権を握ろうとする戦略として説明している。しかしEVシフトにもっとも前のめりなフォルクスワーゲンですら、2020年の西ヨーロッパにおけるEV販売比率は5~6%にすぎない。そんな中でフォルクスワーゲンCEOのヘルベルト・ディース氏はESG投資(環境、社会、企業統治といった、社会的な要請に配慮した投資をすべき、という考え方)を呼び込むために、ことあるごとにEVの輝かしい未来と、エンジン車を貶めるツイートをし始めた。その結果、フォルクスワーゲンの株価はCEOの一連のツイートを開始した2021年1月末から2か月あまりで50%も跳ね上がった。筆者はこのようなESG投資の実態に合理性も正義も見つけられないと述べている。またESG投資は環境を利用した金融セクターの新たな金儲けの手段と化していると述べている。

第3章「地球温暖化」の暗部

3章では環境原理主義について取り上げている。

環境原理主義とは温暖化防止をすべての課題に優先させる考えである。いまは単なるイデオロギーではなく、「気候産業複合体」という一大利益共同体を形成している。気候産業複合体は、政治家や官僚、学者、環境活動家、ロビイスト、メディアなどからなり、その人的ネットワークを通じて政府の施策に影響力を及ぼしている組織である。政界や学会、活動家、再生可能エネルギー産業、メディア、金融が、それぞれ環境原理主義的な風潮から利益を受けるなかで、気候産業複合体は、各国の政策を左右する存在になっていると述べている。筆者は、環境原理主義は、世界を幸福にするどころか、かえって不幸にすると主張している。環境原理主義者の求める施策は安価なエネルギーへのアクセスを制約し、世界の貧困層に重い負担をもたらす。そしてエネルギーコストが上昇すれば、低所得層は他の用途への支出を減らさねばならない一方、経済的便益を受けるのは富裕層であると述べている。環境原理主義者は、「科学に求める絶対主義」を体現し、自分たちの意見に異を唱える人々を「温暖化懐疑論者・否定論者」として徹底的に排除しており、中世の異端審問やイスラム原理主義などを例に挙げ、古来、異端を排除する原理主義が人間を幸福にしたためしはないとして批判している。

第4章 国民を幸せにしない脱炭素政策

4章では脱炭素政策の中の水素エネルギーの実態についてまとめている。水素がどのように作られているかについて2つの方法を紹介している。

1つ目は天然ガス中のメタンを「水蒸気改質」という方法で処理するものである。水蒸気改質とはメタンや石炭から水蒸気を用いて水素を製造する方法である。しかしながらメタンを水蒸気改質して水素を製造するときには、炭素を含む物質から水素を製造するため、含まれる炭素はほぼ必ずCO2として排出されてしまうと述べている。

2つ目に水の電気分解で水素を製造する方法である。これは水を原料として水素を製造するため、製造過程でCO2が発生しない水素を指す。しかし、電力は2次エネルギーであるから、これを用いて作る水素は「3次」エネルギーとし、作る過程で必ず目減りするため元の電力より価格の高いエネルギーになると述べている。とくに水素を最も効率的に使う方法は燃料電池を用いることであるが、その産物は電力であるから、元の電力を再生可能エネルギーから得るとしても、再エネ電力→水素→燃料電池→電力となり、1段階ごとに目減りするので、電力の無駄遣いでしかないと述べている。

日本政府による水素政策の概要は2021年3月に発表されたが、エネルギーロスやコストの問題点にはほとんど触れておらず、何が何でも水素を普及させ脱炭素を実現させることが目的になってしまっていると筆者は批判している。

 

本書を通して、世界的な脱炭素が各国に与える影響や、欧州メーカーのEV戦略の動向や水素エネルギーの問題点など、脱炭素の実態についておおまかに理解することができた。そして世界的に歩調を合わせて脱炭素に取り組むことは難しいことであると感じた。自分の研究分野であるEVについてはあまり詳しくは書かれていなかったため、次はEVに特化した本を読んで理解を深めていきたいと思う。

宝島社新書

「脱炭素」が世界を救うの大嘘

編著者 杉山大志  著者 川口マーン恵美、掛谷英紀、有馬純ほか

2023年4月24日発行

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