書評

本書では先行する各企業の具体的戦略から、来るべきメタバース経済圏の姿を描いている。

第1章「誰が政権を握るのか」

そもそもメタバースとは何か。メタバースが定着しつつある現在の状況を解説。

メタバースが流行した経緯。

メタバースとはインターネット上に構築された仮想空間のこと。2021年10月、メタバースという単語が全世界で急激にバズワード化した。GAFAMの一角であるフェイスブックがメタへと社名変更したことが理由だ。マークザッカーバーグCEOは「メタバースは私たちが最重視しているテーマの多くに関わっている。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)のようなもので『センスオブプレゼンス』を作り出し、次世代のコンピュータプラットフォームを構築したい。フェイスブックとの連携がうまくいけば、今後5年ほどの間に当社を主にソーシャルメディアと見ていた人たちに、効率的にメタバースの会社になったと思わせることができると考えている」と述べている。ここでのキーワードが「センスオブプレゼンス」という言葉。意味は没入感や実在感と訳されるが、バーチャルリアリティの最大の強みと言われてきた。メタバースは主にゲームのためのものだと考えられてきたが、ザッカーバーグ氏はメタバースを他のユーザーとのソーシャル体験の環境として提示しようとしていると考えている。

ビジネスチャンスはどこにあるか

これを考えるうえで、ベンチャーキャピタルであるベンチャーリアリティファンドのティパタット・チェーンナワーシン氏が作成した資料を参考にする。ナワーシン氏はデジタルの生活圏を遊び、生活、仕事に分類している。重要な点はそれぞれの分野が重なるところに新しいビジネスが生まれてきていることだ。遊びと生活が重なる部分では、バーチャルコンサート、アバターを利用したファッションショーがすでに展開されている。生活と仕事が重なる部分では、YouTubeやInstagramなどのプラットフォームを通じて広告収入を得たり、グッズ販売したりしている。遊びと仕事が重なる部分ではビットコインに使われるブロックチェーン技術とゲームを組み合わせることでplay to earnという仕組みも広まっている。ナワーシン氏は今後メタバースが成長していくうえで、3つの環境が整う必要があると述べている。それは「持続的な仮想世界」「機能する経済」「相互運用性」である。「持続的な仮想世界」はメタバースがサービスとして持続できるようなコンピューティング環境が必要であるということ。「機能する経済」はメタバースが独自の経済圏として自立的に機能するための仕組みを指す。ここで一番難しいとされているのが「相互運用性」だ。メタバースは一社単独のサービスではなく、さまざまな企業が提供するサービスをストレスなく行き来できるようになってこそ真価を発揮すると考えられている。あるサービスを利用しているのと同じアバターで別のサービスを利用したいが、それぞれのサービスは独自に開発していることが多いため、フォーマットデータの違いをどのように統合するかが問題である。今後どのようにサービス間で共通のファイルフォーマット規格がつくれるかが重要であると筆者は述べている。

第2章「先駆者としてのゲーム企業」

ここではメタバースの源泉にもなった小説「スノウクラッシュ」から影響を受けたサービス「セカンドライフ」について説明されている。メタバースという言葉は1992年にニール・スティーヴンズが書いたSF小説「スノウクラッシュ」が初出とされている。この小説は1980年代に流行したサイバーコンピューティングと呼ばれる分野の小説。人間は現実世界に生きるだけでなく、自分の代わりとなる化身(アバター)を使い、コンピュータネットワーク上につくられた仮想空間(メタバース)でも暮らす二重生活を送っている。この当時には考えられなかった未来のコンピュータやテクノロジーの姿は多くの人の想像力を強く揺さぶったと言われている。この小説のメタバースに直接的に影響を受けた革新的サービスが2003年に始まる。それが米リンデンラボの「セカンドライフ」である。これは従来のゲームと異なり、目的がなく、コミュニティプラットフォームのようなサービスであった。ユーザーはサービス内の開発ツールを利用して、独自のコンテンツを作成することやアバターを作成し、髪型や服装も自由に変えることができた。さらにサービス内で登場する建物などの3Dオブジェクトさえも作成できた。ここでは仮想通貨「リンデンドル」というものも使われて他のユーザーと取引できるサービスも備わっていた。2007年にiPhoneが登場し、スマートフォンの時代になるとFacebookやInstagram、Twitter等のSNSにとって代わられ、一度セカンドライフの存在は忘れられてしまうが、これが後のフォートナイト、ロブロックスといった大人気ゲームやメタバースの源泉となっている。

第3章「メタ・プラットフォームズの野望」

ここではメタバース分野を牽引するメタ・プラットフォームズの戦略について分析。没入感あるいは実在感と訳されるセンスオブプレゼンスはVRやARといった技術革新の重要な要素としてザッカーバーグ氏が繰り返し強調してきた。メタ社が他の企業と大きく異なる点はVRやARといったXR(クロスリアリティ)を事業の中心としてメタバースの展開を進めていることだ。

独自のサービス「ホライズンワールド」

ホライズンワールドはVRゴーグル、クエスト2向けに展開されているサービス。2021年12月から北米で正式サービスを開始しており、ゲームなどのアプリと並ぶ、今後のメタの主力事業として位置付けられている。ユーザーはVR空間内に用意されている独自ツールを使って、オブジェクトを作成したり、配置したり自分専用のバーチャル空間(ワールド)を持ち、カスタマイズできる。自由に3Dモデルをデザインできるツールが組み込まれているので、それを利用して建物や小物などを作成し、配置することもできる。ただ2022年6月時点ではサービスがアメリカ、カナダ、イギリスに限られており、同年2月のアクティブユーザーも30万人程度なので、数多くのユーザーが常時使うまでには程遠い状態だ。今後はfacebookやInstagramと連携を深めて集客を測る予定だ。メタ社はこれまで独自でハードウエア製品を持っておらず、アップル社が保有するスマートフォン上ではアップルの条件を受け入れながらビジネスを展開するしかなかった。この経験を通して、ザッカーバーグ氏は次世代の主流になるハードウエアを自社で持つという野望を強めたと考えられている。

第4章「猛追するマイクロソフトと、その他GAFA」

ここではメタ社以外のGAFAMのメタバースに関連する各社戦略について解説。マイクロソフトは最短で2023年に新型MR(mixed reality)デバイスを発売予定。自社のXboxや同社が持つさまざまなサービスをリアルタイム3Dを使い、統合する環境を整備していくと考えられている。 2022年1月、ゲーム業界に衝撃が走る。マイクロソフトがゲーム会社大手のアクティビジョン・ブリザードを約7兆8,000億円で買収した。この買収でゲームが同社のメタバース戦略の中核となることをアピールした。マイクロソフトは他にもマインクラフトの開発企業であるスウェーデンのインディーズガー会社モヤンを約2680億円で買収している。家庭用ゲーム機市場で優位に立つという目的以外に、取得した技術を公開することで、メタバースを誰もが作りやすくするという目的がある。スマートフォンの分野ではAppleやGoogleに敗北しているが、既存のサービスのクラウド化を進めることでビジネスモデル転換に成功している(マイクロソフト365)。ゲーム事業への投資拡大は好調な事業の業績を受けての戦略的拡大である。

Googleは技術への投資を通して、単発の製品やサービスでは目を見張る成功事例を挙げてはいるものの、それら技術をひとつなぎに し、大きな世界観を作り出すことはあまり得意ではない。成功しているアプリとしてはVR分野だとYouTube VRやGoogle Earth VRといった3D立体動画や360度映像がある。しかしほぼ無料でサービス提供されていたため、ビジネスモデルの確立には至らなかった。Googleはメタバースのような包括的なサービスを展開するよりも、要素技術の拡張を通して、AR機能を強化し、スマートフォンのAndroid OSをコントロールできる強みを活かした戦略を取っていくことが考えられる。

Appleはソフトウェアサービスを自ら展開するより、ハードウェア販売に徹し、ソフトはプラットフォーム上で展開する企業により実現されれば良いという考え方だ。アプリ経済圏を維持したまま、VRデバイスでも現状のハード中心の戦略を目指している。

クラウドゲームがメタバースの主戦場になる傾向がある。そのためメタ社は巨大なデータセンターを世界中に12ヶ所ももつAmazonと提携した。今後はメタが開発したAIの基盤をAWSで動かせるようにするといった研究開発用途や、買収した企業がAWSを使っていた場合にそのまま利用できるようにすることが考えられる。

第5章「新興企業に勝ち目はあるか」

この章では新興勢力として登場してきたAR技術中心のメタバースを作ろうとしているポケモンgoで知られるナイアンティック社やブロックチェーン技術を中心に展開するザ・サンドボックス等の実情が紹介されている。ポケモンGOはリリース直後100万人近くの月間利用者数がいたが、今は30〜40万人程度で横ばいになっている。それでもヘビーユーザーが多くいるのが現状。ゲームを有利に進めるためのアイテムや限定ポケモンをゲットするために必要な参加チケットの販売を通して売り上げを出している。ザ・サンドボックスはplay to Earnと呼ばれる稼ぐために遊ぶゲーム。自らが所有する土地にボクセル調と呼ばれるブロックで作られた3Dオブジェクトを配置して自由にゲームを作ることができる。そこで使うオブジェクトや土地はNFT化して取引所に売り出すことで、暗号資産に交換可能。各ゲームはさまざまな企業とのコラボで信頼や人気を高めるが、メタバースに参入する際にいくつかの難点がある。1つは暗号資産に応じてNFTの価値も変動してしまうこと。2つ目は国によってはギャンブル行為とみなされ、処罰される対象となる可能性があること。この要因がメタバース参入への難しさだと筆者は述べている。

第6章「2026年のメタバースビジネス」はこの章でメタバースが近い将来どういったものになっているのか筆者の持論と共に紹介されている。2021年米サンダス映画祭で発表された映画「We Met in Virtual Reality(私たちはVRで会った)」という作品がある。2人の主人公は遠距離恋愛をしており、女の子の親がコロナで亡くなってしまったということを受け、たくさんのランタンが仮想空間の空へと解き放たれる様子が描写される。現実世界での悲しみや孤独を抱えた少女の避難場所としてVR空間が機能している側面が見えてくる。現実と仮想の融合は短期的には人間がお互いを支え合う世界を広げていけるかどうかが普及するうえでの鍵。長期的には人間が時間や空間の制限を超えて存在するための方法として広がっていくのではと筆者は考える。メタバースに外見も反応も自分そっくりの存在がいるのだとしたら、私とは、自分とは何であるか。メタバースという技術はデジタル上で不死を生み出すことに最終的には向かっていくと筆者は考える。

ここまでGAFA各社の戦略やメタバース人口を増やすための取り組みや弊害などを学んだ。今後はメタバースに止まらず、NFTやチャットGPTといったAIについても理解を深めていきたい。

「メタバースビジネス覇権戦争」2022年8月10日  著者:新 清士

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