書評 イノベーションはなぜ途絶えたか 科学立国日本の危機

本書の著者である山口栄一氏はNTTの基礎研究所に勤めたのち、その研究所の閉鎖から「21世紀政策研究所」でイノベーション戦略の研究を行った。筆者はその経験から日本のイノベーションの復活にはどのような解決策が必要なのか、そもそもイノベーションとは何なのかなどの様々な切り口でイノベーションについて記述している。

第一章 シャープの危機はなぜ起きたのか

第一章では日本におけるサイエンス型産業衰退の原因を台湾の鴻海精密工業に買収されたシャープの事例に沿って考察している。日本のエレクトロニクス産業は2012年3月期の決算発表時、シャープやソニー、Panasonicなどの大手電機メーカーが巨額の赤字を計上した。打開に向けてシャープは2016年8月、台湾の鴻海精密工業に出資を受けてその傘下に入った。しかし元来シャープは稀有なイノベーション型企業であった。大型カラー液晶や両開きの冷蔵庫などがその典型だろう。そんなシャープが大赤字を計上した理由を筆者は「山登りのワナ」と形容した。これはある山に登ってしまったら、その山に集中して他の山が見えなくなる、また見えたとしても登ることをやめることはできなくなっているという状況を指す。シャープにとってその山とは液晶事業のことであった。シャープの経営者は2005年までにすべてのテレビを液晶にと意気込んで成功を収めた。その成功から様々な工場を作り出したが、リーマンショックの影響で多くの在庫を抱え込み、大赤字へ転落してしまった。この集中からの転落の流れは研究者にも起こった。多くの時間とカネを液晶に集中させてしまったことで希少性の高い技術であった「光・電子デバイス」の競争力を落としてしまったのだ。元来あったイノベーションを生み出す精神も液晶の集中のために自由な研究が制限され、亡き者となってしまった。この「山登りのワナ」でシャープは転落の一途をたどったが、鴻海の傘下に入って視点が大きく変わった。具体的には鴻海が持つ価値のある所には必ずお金をつけるが、それ以外には全く付けないという精神である。この精神の影響でシャープは「山登りのワナ」から脱出したといえる。この「山登りのワナ」はシャープのみならずほとんどの大手電機メーカーが抱えていた問題だ。未知情報と既知情報の研究の天秤を傾けさせないことが、これからの日本企業に重要であるといえる。

第二章 なぜ米国は成功し、日本は失敗したか

第二章では米国のイノベーションの成功の理由をSBIRとし、遅れて導入した日本との違いについて言及している。筆者は本書でイノベーションの源泉はたびたびハイテクベンチャーにあるとしているが、サイエンス型ベンチャー企業は科学知を社会に役立つように具現化するリスクから投資の対象となりにくい。しかしその問題を解決したのがSBIR(スモール・ビジネス・イノベーション開発法)である。流れとしてはSBIRに応募して採用されると、最大15万ドルを賞金として獲得でき、チーム作りとビジネスモデルづくりを試みることができる。また実現可能と評価されると、最大150万ドルを賞金として獲得し、商業化に挑戦できるというものだ。このように、SBIRは無名の科学者を起業家にするスター誕生システムなのだ。その結果21世紀に入ってから、毎年2000人を超える無名の科学者をベンチャー起業家に仕立て、1983年から2015年までの33年間で2万6782社の技術ベンチャーが生まれた。こうして、米国は政府主導で大学や企業などの社会全体の関係機関が自律的に活動してイノベーションを加速させている「イノベーション・エコシステム」を作り出したのだ。では日本ではどうだろう。日本版SBIRである「中小企業技術革新制度」は99年2月から施工された。しかし、その実態は失敗に終わってしまった。その理由は三つあり、賞金の拠出が義務ではない、実績のない科学者をはじいた、解決すべき具体的な課題が与えられてない、である。どれも米国のSBIRでは導入されていたものであり、この三つの影響で日本のSBIRは形式的で意味のないものとなってしまった。米国が抱えていたサイエンス型ベンチャーの抱える問題を政府が解決しようという思想を全く理解してないからこそ起こった事象である。その後日本でも大学発のベンチャーを求めて様々な政策が実施されてきたが、ほとんどが失敗した。理由は簡単で国の助成金を若き科学者ではなく、大学教員に与えたからだ。日本で使える国税は限られている。無駄遣いすることなく、持続可能性を持つ新たな制度設計の構築が急がれる。

第三章 イノベーションはいかにして生まれるか

ここでは筆者の理論である「イノベーション・ダイアグラム」を用いて今までの事例に対して再度解説を行っている。「イノベーション・ダイアグラム」とは筆者が作成した既知と未知に対する考えかたを指す。既知は開発によりイノベーションを起こし、いずれ頭打ちとなる。しかし、その既知から新たな知が生まれ、それが発展しその頭打ちとなった天井を壊す技術が生まれる(新たなイノベーションが発生する)という考え方である。筆者はこの中でイノベーションに重要であるのは、「共鳴場」であるとした。「共鳴場」とは創発(新たな知の創造)をゴールとする人間と、知の発展(既知の開発)をゴールとする人間が、お互いに認め合って研究をする環境のことを指す。過去の日本は企業の中央研究所という場所でこの「共鳴場」が確保されていた。しかし90年代に入り、多くの中央研究所は会社の意向により閉鎖してしまった。同じく中央研究所の閉鎖が起こっていた米国においては、知の創造と発展の交差点であるSBIR制度により新たな「共鳴場」を創造したことで、イノベーションが途絶えず発生し続けたと筆者は言う。さらにイノベーションに重要な要素として「回遊」を挙げている。「回遊」とは、分野などの障壁を超えて知を探求することを指し、「知の越境」とも言う。この異なる評価基準の世界へ既知を移動させることによって新たな価値を生み出すこともイノベーションであるという。以上のようにイノベーションにも種類が存在する。日本の大企業は既知を発展させるイノベーションを長く行ってきた。しかし、創造によって発生したイノベーションや回遊によって発生したイノベーションには既知からのイノベーションは太刀打ちできないのだ。だからこそ企業内に「共鳴場」を生み出し、自由な研究・開発が可能な場所を作り上げることが日本の企業には必要だといえる。

第四章 科学と社会を共鳴させる

この章ではイノベーション以外の社会と科学のつながりであるトランス・サイエンスに注目し、事例を通じて我々や科学者がどう向き合うべきなのかについて記述している。まずトランス・サイエンスとは「科学に問いかけることはできるものの、科学には答えることのできない問題」、つまり科学と政治間に存在するわだかまりことであり、福島第一原発の問題などが例として挙げられる。筆者はこの問題の解決法として科学者と市民の対話が重要であるとし、その前提条件として科学者には社会リテラシーを市民には科学技術リテラシーが必要であると述べた。組織の中で科学者と経営者の対話が行われず失敗した例として筆者は福知山線脱線事故と福島第一原発事故の海水注入問題を挙げた。この二つの問題の根源として筆者はJRと東電双方にイノベーションを要しない組織だということを提示した。イノベーションを要しない組織の職員評価は減点法になりがちである。その環境では、リスクが発生した際にいかに最小限にとどめるかよりも、いかにリスクに近寄らないかという方向に発想が進む。この消極的な思考法が科学者(技術者)と経営者との対話をなくし、独占企業の技術経営力を低下させた挙句、悲惨な事故を起こしてしまったのだ。このようなトランス・サイエンス問題を乗り越えるために、各々に必要なリテラシーとイノベーション発想を身に着ける必要があるのだ。

第五章 イノベーションを生む社会システム

本章では「共鳴場」の形成方法を大学院と企業、社会の三つに分けて論述している。その一つとして筆者はイノベーション・ソムリエを作り出す大学院を提示している。それは二つ以上の分野を学ぶ大学院のことを指す。知の越境により問題を言語化し、解決するというプロセスは「創発」と「回遊」というイノベーションに必要な本質を体得するために必要であると筆者は言う。また「共鳴場」を企業に構築するために必要なのは部署の垣根を越えて知識を循環させることだという。経営者は現場の知識を常にくみ取る努力をすることで、共鳴場を常に維持し、スキルシフトを行わないことが重要である。さらに社会においては市民科学者社会の構築が重要であるとした。多くの人々が文理の概念を乗り越え、科学者が行っている「創発」のプロセスを理解しようと試みるその姿勢こそが必要なのだ。職業科学者と市民科学者がお互いの人生を理解し、共鳴場を築くことで、トランス・サイエンス問題の解決にもつながるだろう。

本書を通じて日本のイノベーション・モデルの不在こそが大きな問題であることがよく理解できた。そのうえで米国のSBIR制度のようにベンチャー企業こそがイノベーションの主役であることから、日本でもイノベーションを生み出せるハイテクベンチャーを支援する制度の構築が急務であると実感した。また筆者のいう「共鳴場」の作成は、科学者だけが意識すれば解決できる問題ではない。政府の構築する制度、企業体制、大学のシステム、一人一人の理解しようとする意識、そのすべてが揃うことでイノベーションの土壌が完成するのだと思う。このイノベーションを主体としたマインドセットに転換することで、日本が新たなステージに移行することを切に願う。また本書は2016年に刊行されたもので、今現在のイノベーションのシステムがどう変化したのかはとても気になる。次回の書評ではその点に重点をおいて学習を行いたい。

 

筑摩書房 イノベーションはなぜ途絶ええたか ―科学立国日本の危機―

著者 山口栄一 2016年12月22日 初版発行

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