第三章

第一章、第二章でそれぞれ経営理念と多様性について確認した。第三章では、企業組織における認知的多様性に注目し、企業活動の事例を3つ取り上げる。

1.企業組織における多様性とは

 社会的多様性は「人口統計的多様性」と「認知的多様性」に分けられる。企業経営における多様性として、近年注目されている「ダイバーシティ経営」は人口統計的多様性に分類される。

ダイバーシティ経営とは、経済産業省が2017年から進める政策で「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」を目指す動きのことだ。経済産業省のHPでは、『「多様な人材」には、性別・年齢・人種や国籍・障がいの有無・性的指向・宗教や信条・価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験・働き方などの多様性も含まれる。それぞれの持つ潜在的な能力や特性などを活かし、生き生きと働くことのできる環境を整えることによって、自由な発想が生まれ、生産性の向上、自社の競争力強化につなげることを目的とする』と書かれている[1]。

  一方、本稿では企業組織における認知的多様性について検討することを目的とする。マシュー・サイドは「肌の色や性別が異なるからといって、認知的多様性が高まるわけではない。(中略)成功するチームは多様性に富んでいるが、その多様性には根拠がある」と述べていた。人種や性別などの人口統計的多様性が豊かな企業組織でも、考え方や価値観が同じであれば、事業に対する意見も似通ってしまう。企業組織における認知的多様性の定義として、第一章で確認した経営理念の概念を用いて「経営理念に対する共感度が様々な段階の人が組織にか関わること」とする。

2.事例研究

認知的多様性を創出するための企業活動として3つの事例を取り上げる。本稿では企業組織における認知的多様性を「経営理念に対する共感度が様々な段階の人が組織に関わること」と定義したため、経営理念に対する共感度が違う段階の社員と交流している事例や、組織外部とのつながりを積極的に取り上げる。

 ①社外取締役[2]

自社の論理や経営に捉われず、経営理念を株主の視点から捉える役割として社外取締役が挙げられる。社外取締役の役割について、腕時計やそこから派生した精密機器事業で知られるセイコーインスツル(以下、SII)で起きた経営陣の解任例を取り上げる。

 社外取締役は株式会社のコーポレートガバナンスにおいて重要な役割を担う。内部取締役による経営監視を外部者の客観的な視点から補強する役割だ。株式会社が大規模化し所有と経営が分離すると、株主と経営者の間の利害の不一致に伴うエージェンシー問題が起きる。株主の利害に沿って経営者を行動させるためのコーポレート・ガバナンスの重要な機関の一つが取締役会である。一般的に業務の執行に関与している内部取締役と、経営者などからも独立な他の企業の経営者や有識者などの社外取締役で構成され、重要事項の決定、代表取締役の選定及び解職などの権限が与えられている。取締役会の議案の中で、通常の業務に直接関わる事項は経営会議・常務会などの社内機関を経て社内取締役には共有されていることが多い。彼らが自社の論理のみに立脚し目先の利益に目を奪われてしまったような場合に、社外取締役には株主の理論や中長期的な視点で異論を唱える役割がある。また、経営理念が形骸化していないか、ひとつの経営判断・意思決定がその会社の理念に合致しているかどうかを判断し、意見を対立させ、議論することは企業統治に重要な意味をもたらす。そのためには、当該企業や経営陣としがらみがないことが必要だ。社内の利害関係にとらわれないことで、社外取締役は経営の透明性・健全性を図るための重要な役割を果たすことができる。社外取締役になるための条件は会社法に定められている通りで、近年は女性の登用が相次いでいる。

2006年11月16日、SIIの代表取締役会長兼社長代行の席にあった服部純市氏を解任する旨の緊急動議が提出された。解任の理由とされたのは「独断的な経営手法によって合理的な経営執行を怠り、会社に多大な不利益をもたらす可能性が高まった。同時に従業員の著しい不信感を招いた」ことであった。この解任劇でキャスティング・ボードを握ったのは、二人の社外取締役である。当初、内部での混乱は世間に公にされていなかったため、社外取締役に対して解任の考えがすんなり受け入れられることはなかった。
純市氏はMBAを取得後、1999年に41歳で社長に就任。業績が悪化していたSIIの経営改善計画「SII21構想」を掲げ、一定の評価がなされる手腕を発揮した。しかし2005年からのトップ人事は混乱し、短い期間で退任・就任の変更が繰り返された。さらに、2006年の夏以降純市氏の「独断」が横行し、反対意見を持つ幹部に退職を迫ったり、実際に退職させるなどしていた。これらを見兼ねた取締役常務執行役員の加藤精彦は純市に退任を迫られながらも、社外取締役2人に根回しを試みた。この二人は純市が招いた取締役で、ミドル層である部長級幹部五十人の請願書を受けて「従業員の著しい不信感を招いている」との判断に至った。
これは社外取締役が経営者の監視役として機能し、社外の視点が生かされた例だ。

 ②プロジェクトごとの社外チーム

社外の相談役など、経営理念に対しての捉え方が違う社外の人と一緒にプロジェクトを行う例として、プロジェクト・ベースで組織編成をしている米国のフッ素ポリマーの研究開発企業「W・L・ゴア・アンド・アソシエーツ社」(以下、ゴア社)の事例を取り上げる。

 プロジェクト・チームとは、特定の問題解決を図るために必要な人材と経営資源を集めて、期間を区切って一時的に形成される集団である。既存の製品やサービスを継続的に供給する常設の組織単位とは別に、研究や新規の開発・問題解決を図るために複数のプロジェクト・チームを常時設置し、必要に応じて新設・改廃しながら、組織活動を展開していく。問題が解決すると解散され、プロジェクトの新設・改廃に伴って、かなりの人材、資源、知識が流動する構造になっているのが特徴だ。

 ゴア社は1958年にアメリカデラウェア州ニューアークで創立され、スキーウェアに用いられる「ゴアテックス」でよく知られている。現在5大陸に12000人を超える社員を擁し、年間売り上げは45億ドルに上る[3]。ゴア社は開発に重点を置いた会社であり、自社の製品技術やその事業領域は技術の変化が著しく、対応速度の速さが求められる。部や課など、ピラミッド型の階層組織ではなく、プロジェクト・チーム中心の水平的な組織編成を採用し、社長以外社員は肩書を持っていないことで有名だ。

プロジェクトはアイデアを持つメンバーが起案し、他の社員に参加を呼び掛ける。10人程度が集まるとリーダーを中心にプロジェクトが結成される。他のプロジェクトから勧誘したり、社外からの人材を採用するなどして事業として発展すれば、メンバーは200人を超えて、独立した事業所を形成する場合もある。基本的に、プロジェクトに対して上司はおらず、スポンサーと言われる有力な商談相手を持つことが義務付けられている。賛同者や協力者が得られない場合やうまく組織できない場合には、プロジェクトは消滅する。

 若林直樹(2009)はゴア社の基本的な組織原則として、6つの特徴を挙げている。①直接的なコミュニケーション関係を中心とし、②権限関係を固定せず、③上司ではなく相談相手としてのスポンサーを持つ。④プロジェクト参加者の自発的なリーダーシップ、⑤明確な目標、⑥実質的にコミットされている職能だけの編成という特徴だ[4]。

ゴア社について、(株)ヒューマンバリューの川口大輔氏は「ゴア社では、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を通して役割が与えられるのではなく、自ら自分のコミットメントを明らかにして仕事をします。そして、仕事やプロジェクトは、コミットメントの高い一人ひとりが自然につながったスモールチームによって進められます。(中略)ゴア社が目指しているのは、「人は主体性、情熱を持った存在であり、それを解き放つことで最高の価値を生み出せる」という、上記とは対極にある哲学にあるように思います。そして、この哲学をとことん信じ、追求し、具現化し、必要のない管理構造を手放していった結果、今のような経営の在り方が生み出されたのではないかと感じました。」と述べられている。[5]

③変わった人の採用 JT

[1] ダイバーシティ経営の推進 (METI/経済産業省)

[2] 会社法では社外取締役は「当該株式会社又はその子会社の業務執行取締役若しくは執行役又は支配人その他の使用人ではなく、かつ、過去に当該株式会社又はその子会社の業務執行取締役若しくは執行役又は支配人その他の使用人になったことがないもの」と定められている。(会社法2条15号及び16号)

[3] ゴアについて | History and Information | 日本ゴア (gore.co.jp)

[4]若林直樹(2009)『ネットワーク組織』有斐閣pp70~73

[5] Web労政時報 第3回:個人の主体性・情熱を最大限に高めるチーム・組織づくり~ゴア社から学ぶこと~(全12回)|インサイトレポート|リサーチ|WHAT WE DO|HUMAN VALUE

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