書評「アフターデジタル」

 昨今の日本、いや世界において、デジタル化の波は留まることを知らない。日本ではここ数年のあいだにキャッシュレス決済を普及させようという動きが活発になり、つい最近でもキャッシュレス還元やマイナポイントなど、政府主導の元でキャッシュレスが推進され、各決算事業者が凌ぎを削っているのが現状である。

 しかし、このような日本に住む私たちに「圧倒的に遅れている」という現実を突きつけてくるのが、この「アフターデジタル」という本である。本著は、デジタル化の進んだ “アフターデジタル” の世界である中国において成功を収めている企業の共通している取り組みや理念を、実際の企業活動や著者の中国での経験を交えて全4章に渡って解説したものである。

 著者の1人である藤井保文は、ビービットという会社にコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX(ユーザーエクスペリエンス)の改善を支援している。その中で藤井は様々な日本企業の幹部に対して、『チャイナトリップ』と称した「中国デジタル環境視察合宿」を行ってきた。この活動を通じて藤井は、「日本のビジネスパーソンはデジタルが完全に浸透した世界をイメージできていない」ということを痛切に感じていた。この状況に危機感を抱いた藤井は、『チャイナトリップ』の参加者の中で最も意気投合した尾原和啓と共に、この「アフターデジタル」という本を執筆した。

 先述したとおり、この本は全4章で構成されている。第1章「知らずには生き残れない、デジタル化する世界の本質」では、アリババグループや平安保険グループなどの企業の成功例をもとに、中国でどのようなサービスが成功しているのかを説明している。第2章「アフターデジタル時代のOMO型ビジネス ~必要な視点変換~」では、従来のO2O(Online to Offline)に代わる、新しい時代のOMO(Online Merges with Offline)という概念は何なのか、また、それが実現された際の企業の姿を説いている。第3章「アフターデジタル事例による思考訓練」では、読者がアフターデジタルの世界における考え方を身につけられるよう、実際の企業活動やその方針を紹介している。第4章「アフターデジタルを見据えた日本式ビジネス変革」では、訪れるであろうアフターデジタルの時代において、日本の企業が求められる取り組みや理念が解説されている。

 本書を通して主に力説されていることは、
・アフターデジタルの時代では、個人の全ての行動がデータとしてIDに紐付けられ、人々の感覚としてもオンラインとオフラインの境界は曖昧になり、融合する。
・膨大なデータを活用し、OMOで思考できるようになると企業体のできることは変わってくる。
・UXと行動データをもとに、顧客の属性ではなく状況志向でサービスを提供しなければ勝ち残ることはできない。
というものである。これらを踏まえ、アフターデジタル時代のビジネス原理は、
⑴高頻度接点による行動データとエクスペリエンス品質のループを回すこと。
⑵ターゲットだけでなく、最適なタイミングで、最適なコンテンツを、最適なコミュニケーション形態で提供すること。
この2つが重要となると説いている。

 この本を読んだ所感としては、有意義なものになったというのが素直な感想である。日本のデジタル化が先進国に対して遅れ気味であることは承知していたところであるが、そもそもの考えとして、オンライン化はオフラインの付加価値であるというどこかこびりついた考えが根底から覆された。また、日本の従来の考えであるモノづくり志向ではなく、どこまでも顧客に寄り添うカスタマージャーニーを重視しているという点も新鮮さを感じた。

 しかし、紹介されていたアリババグループ含む中国企業の事例については、ある程度アンテナを張っている企業の経営陣からすれば、既知であったものも多いのでは、という思いも生じた。また、ビッグデータに基づく個人の行動データ取り扱いについて、本書でも多少触れているが、欧州のGDPR施行など、個人情報やプライバシー保護へ向かう社会の趨勢を鑑みるに、中国で行われているような、個人の行動データを網羅した上でのビジネスモデルの実現は他国だと難しいようにも思えた。データを公共財として扱う利点を挙げる一方で、倫理的な問題などに対する解決策が特に挙げられていない点にも疑問が残った。

「アフターデジタル」藤井保文、尾原和啓 日経BP社 2019年3月25日 第1刷発行
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