1章 AIの歴史と概要

AIは「Artificial Intelligence」の頭文字を取ってつけられた名前であり、日本語に訳すと「人工知能」となる。この名称は1956年にジョン・マッカーシーによって名付けられたものであり、すでにこの頃にはAIは研究者たちの間で認知されていたことが分かる。ここで、何故60年以上も前から存在している技術が現代になって急に注目され始めたのか、ということを疑問に思った人もいるかもしれない。その答えはAIのこれまでの進化の軌跡を辿りながら見ていこうと思う。

★第一次AIブーム 推論と探索の時代 1950年代〜1960年代
1950年代にコンピュータが登場し始めた頃、AIは最初のブームを迎えた。そのブームは「推論と探索」を特徴とし、人間の思考を記号化しコンピュータに入力する研究が活発だった。簡単に言うと、あらかじめ決められているルール内で最適解を導くようにする研究が行われていた。例えば、複雑難解な迷路があったとして人間が解くには莫大な時間と知識を必要とするものでもAIはゴールまで簡単に辿り着くことができる。この技術さえあれば現実のどんな問題にも太刀打ちすることができると多くの人が期待していた。しかし現実に起こっている問題はルールやゴールといった明確な決まりや目標が定められていない事が多く、その枠組みの中でしか動くことができないAIは役に立たないと判断されてしまった。この時代のAIが得意としていたことはトイ・プロブレム(おもちゃの問題)でしか活用できないことが判明したため、AIに対する希望や期待は失われ、ブームの終焉と共に厳しい冬の時代を迎えることとなる。

★第二次AIブーム エキスパートシステムの時代 1980年代〜1990年代
第一次AIブームから約20年が経過した1980年代に第二次AIブームが始まった。この第二次AIブームでは、エキスパートシステムと呼ばれる専門家(医師や弁護士など)しか知り得ない知識をコンピュータに学習させ、実際に役立てようとする動きが活発であった。仕組み自体は非常にシンプルで、その専門家が持っている知識をコンピュータが理解できるように記述しインプットするだけのものである。このシステムが完全になればAIが医師の代わりに症状を診断したり、弁護士に代わり法律を解釈し被告人の弁護をしていたのかもしれないが、ここである問題が浮上した。インプットする情報量が莫大であることだ。当時のAIには自分で学習する機能がないために人間がインプットしなければならない。このインプット作業は人間からしてみると終わりが見えないものであり、多くの人が限界を感じていた。問題はそれだけではない。AIにとっては知識とはただの文字列に過ぎないものであり、明確なルールや条件が一致しないと最終判断を下せないということだ。例えばお腹が痛いという患者がいた場合、胃が悪いのか、大腸が悪いのか、または小腸が…という具合に抽象的な表現の場合にはAIは弱い。その患者がただの腹痛なのにガンと診断されたり、最悪の場合にはガンなのにただの腹痛と診断されるケースも十分考えられた。これらの問題点から人類はAIに限界を感じると同時にブームも終わり、再び冬の時代が訪れた。

★第三次AIブーム ディープラーニングの登場 2000年代〜現在
ここまで2回ブームを巻き起こしたAIだったが、共通した弱点があった。それはいずれもコンピュータは与えられた情報しか持つことができないということだ。しかし、その弱点をある技術が打ち消そうとしている。機械学習とディープラーニングである。実はこれらの技術こそが現代でAIが注目されている理由である。まずは機械学習から見ていこう。機械学習とは簡単に説明すると事例として多くのデータをあらかじめコンピュータに読み込ませ、そのデータを反復的に学習させることで特徴やパターンを見つけ出すことである。そしてディープラーニングはその機械学習を更に強化させたものである。違いを具体的に説明すると、赤いりんごと青いりんごそれぞれの写真を見せて区別させる際、機械学習ではりんごの色に着目するよう指定しなければ区別することができないのに対して、ディープラーニングは何に着目すれば良いのかを自分で学習し区別することができる。まとめると機械学習は人間がある程度学習の方向性をコントロールしなければならないのに対しディープラーニングは自分で学習を推し進めることができる。しかしこれはディープラーニングは人間の予測とは大きく異なるという危険性をはらんでいるとも言える。

以上がAIについての簡単な歴史と概要である。次は実際の事例を基に考えていこうと思う。

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