2010年代半ばに入ってシンギュラリティ(技術的特異点)という言葉がしきりに話題にのぼるようになった。「特異点とは何か。テクノロジーが急激に変化し、それにより甚大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうような、来るべき未来のことだ。」未来学者レイ・カーツワイルが書いたこの文章を真正面から受け取れば納得することは難しい。カーツワイルによると人工知能の能力が爆発的に上昇して、しかも不死が可能となるシンギュラリティがくるのは2045年だというのだ。カーツワイルがシンギュラリティ予言をおこなったのは2005年で当初はそれほど周囲の注目を引かなかったが、2010年代に入って、シンギュラリティ問題は脚光を浴びはじめた。これは、前章で述べた深層学習の成功がきっかけといってまちがいない。深層学習によって機械が自ら学習し、賢くなっていくという自己学習の可能性が浮上してきたのである。また、深層学習で用いられるニューラルネットモデルが人間の脳神経系の構造に近いモデルだということも重要である。こうした脳科学と人工知能技術との結合こそがシンギュラリティ仮説を支持すると受け止められたのである。カーツ・ワイルは実際、脳の中を覗き込んで作動のありさまを分析し、その結果をコンピュータ上にモデルとして再現をするリバース・エンジニアリングというアプローチを提案している。そしてさらに進んで、特定の人物の脳の特徴を全てスキャンし、コンピュータ基盤の上に再現しようというマインド・アップローディングさえも可能になるだろうと語っている。人間が不死になるという発言もマインド・アップロードィングによって描きだされるイメージからきているのだ。そんなことは夢物語に過ぎないと思う人が大半だろうが、実際には脳科学と人工知能を結ぶ研究が強く推進しており、シンギュラリティの実現性が高まったと考える人が増えてきたのは否定出来ない事実なのだ。
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