書評 『ライズ・オブ・eスポーツ ゲーマーの情熱から生まれた巨大ビジネス』

本著の著者はローランド・リーで、訳者は小浜杳(はるか)。ローランド・リーは、ニューヨークの記者であり、もともとゲーム関連の仕事についていたわけではない。eスポーツとの関わりは自身の純粋なゲーマーとしての情熱・好意だけだったが、ゲーム業界の光と影について取材しているうちに本著の制作に至った。
本著で扱っている内容の大枠は、『eスポーツがいかにして現在の巨大ビジネスへと発展したのか』だ。eスポーツ産業が発展する変遷を記しており、その内容は歴史書に近い。
全9章の構成で、各章ではeスポーツの歴史を語る上で外せないゲームや関連サービスの一つに焦点をあてて、歴史をまとめている。

1章「悪の天才 アレキサンダー・ガーフィールドと北米の台頭」

1章では、ファーストパーソンシューター(FPS)と呼ばれるゲームジャンルに属する『カウンターストライク』というゲームに焦点をあてる。
もともと『カウンターストライク』の競技者であり、とあるプロチームの運営に参加することになるガーフィールドという人物を中心に据え、eスポーツ黎明期におけるゲーミングチームの環境をまとめている。北米地域の内容をメインに資金難をはじめ、スポンサーを取り付ける苦労や選手の移籍をめぐるロビー活動など、スポンサー、チーム、選手それぞれの苦労が紹介されている。
また、『カウンターストライク』コミュニティの発展はテレビによって支えられたと解説している。テレビはリーグの運営・放送に扱われ、それまでアンダーグラウンドな文化であったゲームに対する絶大な熱意や取り組みを、家庭や市場などあらゆる方面に伝えることができた。

2章「ソウルの皇帝 ボクサーと『ブルードウォー』」

2章では、リアルタイムストラテジー(RTS)というゲームジャンルに属する『スタークラフト』というゲームに焦点をあてる。
『スタークラフト』は、通信先進国である韓国で爆発的人気を博したタイトルだ。
その自由度の高さから、勝つ上で多様な戦術をとることができるのが特徴のタイトルだが、そこで皇帝と呼ばれたプロゲーマー‘BoxeR’を中心に歴史を辿る。
まず、韓国での『スタークラフト』コミュニティひいてはeスポーツ発展の要因として2つの要因を挙げている。1つは、日本に対する1945年まで日本の植民地と化していた日本への敵がい心だ。韓国人は任天堂やソニーのいわゆるコンシューマーゲームではなく、『スタークラフト』のようなパソコン上でできるゲームを好んだ。2つめはインフラの整備だ。韓国政府は1998年から2002年にかけて110億ドルを投資し、ネットワークインフラの近代化を推し進めていたことで、広くパソコンゲームが普及する地盤ができていたことも要因のひとつだと紹介している。その上で、『スタークラフト』における‘BoxeR’の栄枯盛衰、ゲームイベントにおけるキャスター(実況者)の存在をまとめている。この章自体は、次章で扱う『スタークラフト2』への伏線的な内容になっている。

3章「核ミサイル発射を検知しました 『スタークラフト2』の爆発的人気」

3章では、2章の『スタークラフト』の続編である『スタークラフト2』を取り扱う。
完成度が高いとされていた初代にたいし、より競技性を高めた続編をつくるための製作者側の奮闘と、同タイトルで活躍したプロゲーマーの紹介が主な内容だ。2章で扱った初代『スタークラフト』のコミュニティから人の移行が上手くいくかが、重要なファクトだった。
結果として『スタークラフト2』は爆発的人気を獲得するが、1章で扱った内容と同じように、ここまでの人気を出すにはテレビの影響は大きかったとしている。
しかし、メリットとして挙げられている内容は1章と3章では異なる。1章で紹介していたテレビの拡散力や幅広い層へのアプローチといったメリットよりも、『スタークラフト2』ではテレビという資本を使うことで、より多くの賞金が集まるという利点が大きかったと紹介している。これにより、選手たちのモチベーションの増進やプロゲーマーが職業であるという認知が進んだ。加えて、初代では韓国人が多くを占めていたゲームシーンに欧米選手も名を連ねるようになり、ゲームのグローバル化が進んだ。2007年頃を中心に、より競技性の高いゲームシーンを醸成することが出来たのである。
著名になったことをコミュニティは喜んでいたが、負の側面も同様に顕在化した。
例えば、プロゲーマーが有名人として広く認識されることで誹謗中傷の的になったことや、ゲームコミュニティに存在する女性蔑視が話題を呼んだことを紹介している。

4章「夢のストリーム Twitch」

4章では、ゲーム配信サイトの『Twitch』の成り立ちと、eスポーツシーンの発展における役割を紹介している。
『Twitch』の起源が、eメールとカレンダーを同期させるという、現行の『Gmail』の機能にもなっている部分から始まったことが紹介され、2015年に『Twitch』の月間視聴者数が一億人を突破するまでの出資者や利用者との交流の様子がまとめられている。
『Twitch』が出てきたことで、誰でも手軽に他人のプレーが見られるようになったことは、トップアスリートの練習メニューを目の当たりにするのに等しく、あらゆるタイトルにおいて競技のレベルが向上した。トップレベルには及ばずとも、自身のキャラクター性を生かして人気を獲得し有名になったプレイヤーもいる。また、『Twitch』にあつまる視聴者データやアフィリエイトの追跡情報によって、選手のユニフォームに印字された各企業のロゴがどの程度企業の露出に繋がったか、実質的な価値を持つようになった。

5章「挑戦者、現る 『リーグ・オブ・レジェンド』」

5章では、『リーグ・オブ・レジェンド』を取り扱う。『スタークラフト2』が隆盛していた時代に現れた、比較的新しいeスポーツタイトルだ。2011年夏に開催される「第1回リーグ・オブ・レジェンド ワールドチャンピオンシップ」は、160万人が観戦し、2009年10月にゲームがリリースされてからのスピード出世だった。
韓国を中心として人気を集め、次第に『スタークラフト2』をも超えたタイトルとなる。2012年の「第2回リーグ・オブ・レジェンド ワールドチャンピオンシップ」では820万人が視聴し、異常なまでの成長具合がわかる。以降は大会の運営も自社で行うようになり、同時にリーグも設立。この章では、それまでの軌跡がまとめられている。
また、『リーグ・オブ・レジェンド』がもたらしたものとして、eスポーツシーンへの安定性と構造を紹介している。
今までのeスポーツは一部のトップ選手に収益が集中する構造であったが、『リーグ・オブ・レジェンド』のプロリーグに参加する選手たちには、安定した収益と住まいが用意された。eスポーツにおけるプロプレイヤーのイメージが、賞金稼ぎから一つの職業へとより鮮明に変わっていった。
中国の巨大ゲーム会社であるテンセントの資本を上手く使い、eスポーツにおけるトップタイトルへとなりあがっていった。

6章「アンバランス 女性と人種とゲーム」

この章では、特定のタイトルに焦点を絞らずにゲーム業界に蔓延る、女性差別と人種差別について取り扱っている。
ゲーム業界では、プロゲーマー界で女性プレイヤーが芳しい成績を残せていないのは、女性の実力が劣るせいだと誹謗中傷される。本著では女性差別が根強くある要因として、文化的な障壁が大きいと分析している。伝統的なスポーツでは基本的な生物学的差異によって、男女は分離されており、ゲームには理論上そのような身体的障壁は存在しないことになっているが、もともとゲームは男性が多くプレイし、男性が結果を出すものだという先入観と、スキルの高さと経験が称賛されるゲーム業界では、新参者への根強い軽視が差別を助長することになっていると言う。
また、人種差別についても言及している。ランダムマッチングのゲームにおいて、英語でコミュニケーションを取れないプレイヤーと同じチームになったときに、外国人嫌悪に火がつく場合があることを紹介している。負けた要因を外国人がまともにコミュニケーションをとれなかったせいだと言うのである。
eスポーツで結果を出した人間は白人とアジア人(中国人、韓国人、アメリカ人、スウェーデン人)に多く限定され、それ以外の人種が国際大会の配信台に写るだけで、差別用語が繰り返し、投稿される。ヒスパニックや黒人のプロゲーマーは非常に少ないが、対戦格闘ゲームでは別だという。『モーダルコンバット』や『大乱闘スマッシュブラザーズ』、『ストリートファイター』等が属するジャンルで、ゲーミングパソコン、モニター、マウス、キーボードなど多くのガジェットを必要とする他のジャンルのゲームよりも、比較的安価に始められることが要因であるとまとめている。

7章「勝つために生まれてきた 『DOTA2』が掛け金をあげる」

7章では、『DOTA2』を取り扱っている。これまでのeスポーツタイトルとは違い、クラウドファンディングで賞金集めるなど、意欲的な施策を打ち出し、2011年の大会の賞金総額は160万ドルに及んだ。その他は当該タイトルでなを馳せた選手たちが紹介されている。

8章「資金の奔流 eスポーツに再び大金が流れこむ」

この章では、eスポーツと賭博について触れている。賭博によって大量の資本がeスポーツ界隈には流れてきたものの、それによる八百長や賭けに負けた腹いせによる誹謗中傷で選手が自殺を図った例などが挙げられている。それに応じた各国の取り組みも紹介されている。
加えて、世界的エナジードリンクのメーカーであるレッドブルの投資により大量の資本が投じられ、eスポーツシーンの発展に大きく貢献している例を挙げている。

9章「1800万ドルへの道 ザ・インターナショナル第5回大会」

9章では、第1章で登場したガーフィールドが『カウンターストライク』が中心だったチームに新たに『DOTA2』の部門をつくる上での苦悩が描かれている。本章は、事実の列挙といった内容で分析的な内容には乏しい。

最初に述べた通り、本著はeスポーツがいかにして発展してきたのかを史実的に述べている。それぞれジャンルの違うタイトルから多面的にeスポーツについて取り扱っていて、業界の大枠を捉えるためには、かなり理解の助けになると感じた。また、文中では選手の言葉・意見を引用し、第三者視点だけでなく業界内の人間の意見も取り入れることで、単なる事実の列挙にはとどまらない内容になっている。
複数の視点という意味では、先日書評をだしたメーカー・CAPCOM著の書籍よりも、本著はよりユーザー(選手・チーム)側の意見が多く盛り込まれており、先に読んだ書籍と合わせてeスポーツに関わるメーカーとユーザーの立場双方の考えを広く体系的に理解することができた。
本著におけるeスポーツ黎明期からの発展の語りのなかでは、「日本」という言葉はほとんど文中に出てくることはなく、この分野で日本は他国に比べ相当遅れている、またその発展にも大きくは寄与してこなかったことをより鮮明に感じることができた。
次は、eスポーツに限らず、また別の視点でゲーム業界について理解を深めていきたいと思う。

白揚社 
『ライズ・オブ・eスポーツ ゲーマーの情熱から生まれた巨大ビジネス』

2021年7月27日 発行
著者 ローランド・リー
訳者 小浜 杳

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