書評「アメリカの制裁外交」

本書では国際ジャーナリストの著者がアメリカの経済・金融制裁について、歴史的経緯から、その効力、矛盾や問題点を網羅的に解説している。

 第1章 孟晩舟はなぜ逮捕されたのか
 孟晩舟は中国の国家戦略を担うHUAWEIの最高財務責任者であり、彼女はそれに関わる技術開発の米中交渉中での逮捕であったため世界の注目を集めた。HUAWEIはイランとの間の取引が発覚したとしてもアメリカは摘発できないと考えていたが、米国は製品に米国産の物品組み込まれていることなどを理由に米国法を適用し、完全に排除されたHUAWEIは凋落した。また、アメリカは経済の動脈ともいえるドルを手中にしているため、極論取引でドルを介した途端に米国法を適用できる。つまり、米国の「司直の長い腕」は世界のどこにでも届きうるのである。

 第2章 経済制裁とその歴史
 経済制裁とは「外交、安全保障上の目的を実現するために他国に課す経済的な強硬手段」と定義できる。ここでいう「経済的」を「軍事的」に置き換えれば戦争のことであるから、経済制裁とは「軍事力を伴わない戦争」である。二十一世紀に入ってからの米国の経済制裁は、金融制裁を指すと断定しても過言ではない。ドル決済や米国の金融システムの使用を禁じることで、単独制裁でありながら幅広い国家の参加を強制して結局は国際制裁に発展させることが特徴として挙げられる。もはや米国が各国政府や企業に「ドルを使わせない」という脅しをいかに有効に使うかという時代であり、基軸通貨ドルと最強の金融システムを握る米国だからこそ、自由に、そして最も威力を持つ金融制裁を科せるのである。

 第3章 米制裁を変えた9・11――テロ
 この自爆テロにおいてブッシュ大統領の号令の下、最も素早く行動したのがその時まで影の薄かった財務省であった。アルカイダやその周辺組織に関わる資金の凍結、為替取引の禁止、あらゆる金融措置をとり、「テロリストを餓死させる」と豪語した。それが貿易禁輸であった制裁からドルと禁輸システムを利用した金融制裁に変わった週刊であり、米国は伝家の宝刀を抜いたと言える。

 第4章 マカオ発の激震――北朝鮮
 北朝鮮の「資金洗浄の主要懸念先」としてマカオの銀行は制裁の槍玉にあげられた。六者協議に臨んでいた北朝鮮はこれに反発し核実験を強行し、米国は多数の国から避難を浴び制裁を解除せざるをえなかった。トランプ氏は手柄欲しさに北朝鮮問題を半端に刺激しているが、米国の政権ごとにころころと変わる対北朝鮮政策や米国が保有しているのに何故北朝鮮は保有してはいけないのかといった根本的な問題が解決しない限り制裁によって核を放棄させるのは難しいだろう。

 第5章 原油輸出をゼロに――イラン
 トランプ政権は米国だけでなく世界中の国々に輸入を「ゼロ」にするように求めた。「米国をとるかイランをとるか」の二択を迫られた各国企業は渋々アメリカに従っているが、北朝鮮の問題でも指摘した米国の一環師の無さが浮き彫りになっている。オバマ政権はJCPOA合意でイランが核兵器を開発できないように制限すれば経済制裁を解除することに同意した。しかし政権が代わるとその合意を反故にし制裁を強化した。これは明らかな国際法違反であり、対象国の政策変更を促すという制裁の目的遂行に逆行するものだ。制裁の効力の是非はともかくとして米国の制裁政策の信頼を大いに損なったと言えるだろう。

 第6章 地政学変えたクリミア制裁――ロシア
 ロシアという巨大な国全体に制裁を科すのは難しかったためその併合に旨みは無かったと知らしめることも企図してクリミア併合に関してエネルギー産業を狙いうちに制裁が科された。しかしこのことがロシアとの貿易量の多い欧州との溝を深めることに繋がっている。また、トランプ氏は対ロ制裁を武器に欧州に対しエネルギーの依存先をアメリカに変えるように促す姿勢があからさまなため、ウクライナの和平のためという制裁の大義名分が雲散霧消しており、その陰には米産業の利益が蠢いている。

 第7章 巨額の罰金はどこへ
 制裁金は連邦政府や州政府の収入として認められ事業に使われることになる。制裁金を「戦勝金」のようにして米国の懐に入れるのはおかしなことに感じられるし欧州各国から批判が噴出しているのだが、そもそも米国の制裁違反の摘発は、制裁金の額、その使途に加えて、違反とする基準が曖昧である。さらに言えば制裁金と徴収されたその四分の三が欧州の銀行の支払いであり、イランや北朝鮮に制裁を科しているのも制裁違反を理由に外国の銀行から資金をむしるためではないかとまことしやかに囁かれている。

 第8章 冤罪の恐怖
 「ディリスキング」リスク回避といった意味だが、アメリカの制裁によって、あの人は危ない、あの企業は危ないと言われてしまえば終わりである。それが例え冤罪であっても、また危なそうと言われた周囲にいる者であっても、アメリカに睨まれたという事実がある限り銀行は取引を差し控える。そこまで広げなければ「テロ関係者と取引を行った」とアメリカに言われかねないからであるが、これによって受ける個人、企業の打撃は計り知れないものだろう。

 第9章 米法はなぜ外国を縛るのか
 米国は「世界の警察官」であるという認識と「世界屈指の金融システム」を背景にして米国法を国外にも適用してくる。しかし、確かにグローバル化が進む中、新たな時代に即した法が求められるが、それは単独行動的な法の国外適用ではなく国際的な合意づくりが優先されるべきである。

 第10章 制裁に効果はあるのか
 米国の制裁が効力を発揮するには一に明確で達成可能な目標の設定、二に制裁解除・緩和のシナリオの設定、三に外交、経済支援、軍事的圧力など他の手段と合わせて制裁を発動すること、四に米国の同盟国や友好国との協力が不可欠であると元財務次官のデビットは説明している。しかしトランプ政権はこのすべてを欠いている上に、トランプ氏の好悪や気まぐれ、実績作りのために制裁を乱発している。このまま効果のはっきりしない制裁を無駄打ちしていては米国の威信は落ち、孤立し、力を落としていくだろう。

 第11章 基軸通貨ドルの行方
 金融制裁を支えているおはドルが世界の通貨であるという事実である。しかし、最近の制裁の乱発によって中国やロシア、欧州の国々は制裁回避のためにドルを介さない貿易を増やしている。そのようなドル回避を防ぐには、米国は同盟国や友好国を巻き込んだ国際協調体制を再構築するしかない。ただ、今米国が採っている政策はその真逆である。中国人民元がドルから基軸通貨の地位を奪うのはまだだいぶ先のこととなるだろうが、この流れはその未来を早めることになるだろう。

前回はトランプ政権に対して好意的、もっと言えば盲目的な立場からの書籍を読んだので、今回は中立的な立場から冷静に批判しているように見える本書を選んびました。アメリカの制裁について何故それが有効なのか、どういう問題があるのかなど、様々なことが事細かく書かれていて非常に面白い本であったと思います。ただ、短い期間で読み込むには少し難しかったので、後でもう一度読み直したいということと、確かな語り口調から説得力はあるもの情報の出典が書かれていないため確実性のある話なのかいまいちわからないのが残念です。

杉田弘毅 岩波新書 2020年2月20日発行

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