バイオ産業の在り方
参照:東京新聞
人口七百四十万人、面積は九州程度の小国スイス。美しいヨーロッパアルプスの山並みで名高い一方、製薬やバイオテクノロジーが盛んだ。日本のバイオベンチャーが軒並み期待を裏切り、米国に比べても、スイスのバイオベンチャーは活気にあふれている。このスイスの成功例から日本や米国との違いは何なのかということを調べて、バイオ産業の在り方について考えていきたい。
スイスのバイオベンチャー
スイスでは、人口十八万人の町にバイオ産業が集中し、関係者が顔見知りであるためコミュニケーションが容易で、共同研究が早く進む強みがある。少数精鋭を支えるのは研究者の40%を占める外国人。スイスからはアインシュタインはじめノーベル賞が二十三件も出ているが、外国人が多い。政府は優秀な頭脳を歓迎しており、研究開発型企業は税制優遇され、起業のためのオフィスも提供される。「時計職人と同じようなマイスター気質が、スイスのバイオベンチャーの特色だといわれている。それは、規模を追求するのではなく、得意領域に限定して、持っている技術をとことん極め、完成度を高めていくという考えの企業が多いということを意味している。また、地域ごとの特色も生まれている。ジュネーブは再生医療の中心地であるフランス・リヨン大に近く、得意としてきたタンパク質解析に加え、二本柱に育っている。チューリヒはナノテクに強く、バーゼルは創薬に優れる。その結果、プリオン研究で独自の地歩を築いた「プリオニクス」、筋ジストロフィーなどの難病に挑む「サンテラ」など、小さくてもキラリと光る企業が多く存在する。
もう一つの特徴は、大学との垣根が低いこと。多くの研究者が二枚の名刺を持ち、大学と企業とを行ったり来たりしている。「生命科学はインターネットセキュリティーなどと並んで、若い人の進路として人気がある」といわれている。 大学は裾野の開拓に取り組んでいる。コンピューターによる大規模計算が最近のバイオでは欠かせない。例えば、スイス連邦工科大チューリヒ校のパロ博士は「この分野で指導的立場の人が足りないので来年一月、システムバイオロジーの学部を新設する」と言う。チューリヒ大は今年、生命科学を一般の人たちに伝える活動を強化した。大学では高校生に最先端研究を紹介している。教える側の先生に最新知識を持ってもらうことも大切だと考えているからである。
日本との関係
日本との関係は深まりつつある。ロシュは二〇〇二年、中外製薬を子会社化。日本ロシュと統合し「歴史や文化を尊重して」、存続会社は中外製薬にした。武田薬品はサンテラと協力関係を結んだ。スイス連邦工科大と日本の大学との共同研究もさかんだ。 米国が先駆け日本がまねしたように、株式公開で多額の資金を調達する動きは、スイスでは目立たない。投資額を抑え、技術を極める路線は、バイオベンチャーの一つのあり方を示しているともいえそうだ。ただ製薬業界は一九九〇年代後半以降、合併買収が本格化。成長したバイオ企業の代表格であるセローノ(本社ジュネーブ)が、ドイツの薬品大手メルクに買収されることになった。業界再編の嵐の中で、これからもスイス流を保つことができるだろうか。
スイスのバイオテクノロジー バイオ企業は4カ所に分布する。ロシュとノバルティスという巨大製薬企業が本拠を構える独仏国境の都市バーゼルを中心とする「バイオバレー」、チューリヒ周辺の「メドネット」、フランス語圏の「バイオアルプス」。イタリア語圏の「バイオポーロ」でも振興が図られている。バイオ産業従事者は1万4000人。同分野のベンチャー投資は増加傾向にあり、2005年、2億3300万ドルで欧州3位。