「花卉・種苗市場の動向と今後の展望」



・花卉・種苗市場について


花卉・種苗市場における消費は、既に量的に飽和水準に達しているといえる。そのような状況の中で、国内の産地間競争が激化するとともに、海外からより安価な花卉が輸入されることも加わり、花卉・種苗産業各社は既存の市場での優位性の確立だけではなく、新たな需要を生み出す新規市場の開拓を進める必要性がある。

既存の市場での優位性を確立するためには、消費者の嗜好の変化、ライフスタイルの変化等の需要の質的な変化に適切に対応することが求められる。花卉が希少の時代には作ればどんな品質のものでも直ちに売れたが、生産量が増加し、その用途も多様化した現在においては、望まれる時期に目的、用途、飾る場所、使い方に合った品質と価格を消費者に提供できるかがカギとなる。花卉には時期と品種により需要を質的に転換させ、趨勢を変化させる可能性があることを考慮しつつ生産することが大切だといえる。

新たな需要を生み出すような新規市場の開拓を進めることは、今後花卉・種苗産業各社の最大の目標になるだろう。伝統的に受け継がれてきた植物育種技術が新たな改良・発展を遂げつつ、さらに近年のバイオテクノロジーの目覚しい発展も加わり、現在の育種技術は飛躍的に向上している。既に(株)キリンビールや(株)サントリーが実用化させているように、これまで自然界に存在しなかった形質を持つ植物は、新規市場を開拓させることができる。

また、遺伝子組み換え技術や放射線育種などの画期的な品種改良技術は、既存の市場にも大きな影響を与えることになる。例えば、病害虫耐性や生長抑制、開花時期制御といった技術は、冠婚葬祭や仏事用の花といった恒常的な需要に対しても大きな影響を与えることは容易に推察できる。

今後、花卉・種苗業界は、市場のニーズを的確に捉えつつ新しい育種技術及び生産技術の研究・開発を同時に行なうといった、産業構造的な変化を迎えることになるだろう。市場における需要を質的にも量的にも変化させるような商品を生産し続けなければ、市場で生き残っていくことができなくなるかもしれないからだ。植物バイオテクノロジーの発展は、非価格競争の原動力として他社との差別化を図り、更なるテクノロジーの発展を促すことになる。


・花の市場経済性について


一般に、花は他の農産物と異なりその効用は心理的であり一般的に花卉の色や形は美的であることが望まれる、と言われる。花はその商品性として消費者の嗜好を主な需要の原動力とする特徴があるといえる。

農作物は価格が上昇傾向にあるときに価格と数量の関係が強く、価格が下落傾向にあるときには価格と数量の関係が弱い。しかし、花卉は嗜好の変化による影響が大きいため、価格が上昇傾向にあっても、価格と数量の関係が比較的弱い。価格が下落傾向のとき、価格と数量の関係が弱くなることもみられない。

そのため、花卉における品質競争は販売額の増加または維持を図る非価格競争であり、生産量または出荷量による価格競争とともに、産地間、生産者間の重要な競争の一つとなる。ニーズに合った品質向上と品質管理が生産上の大きな課題である。

しかし同時に、花卉の場合には、生産された商品がどんなに品質が良くても消費者のニーズに合ったものでなければ高値で多量に販売することはできないという側面も併せ持つ。花卉は他の農産物と違い、その商品性が消費者の美意識にあるため、その時代の流行や習慣、一時的な傾向が販売に大きな影響をもたらすからだ。

この他に、花き類の新品種開発は5年先以上の流行等を見越した上で行わないと差別化による収益増は見込めないことも挙げられる。そのため、花卉生産事業者はこれらのことを考慮した上で、生産販売戦略を立案し、優先的に選択し、生産を開始する必要がある。


・花卉・種苗市場の課題


花卉・種苗市場は、海外からの輸入品目の増加や国内の産地間競争が激化している。そのような状況で園芸・鑑賞用植物を優位に販売するために、消費者ニーズに沿った付加価値の高いオリジナル品種の育成が求められている。そのためにも、新しい品目・品種の開発、多様な花きの生産供給体制の整備、適切な流通体制の確立が求められる。


新しい品目・品種の開発

生産者や流通業者等と十分調整を図り、消費者ニーズに合った優れたオリジナル品種を育成する必要がある。


ウイルスフリー苗作出技術

植物育種 (胚培養、胚珠培養、子房培養)

プロトプラスト培養

細胞融合技術

遺伝子組み換え技術

放射線育種

イオンビーム育種


効果としては5年〜9年以内に確実に見込まれる経済効果を考え、費用としては直接研究費だけでなく、人件費及び間接経費も含めて検討する必要がある。


多様な花きの生産供給体制の整備


育成した新品種等の優良種苗を市場において優位に販売するためには、その作物を安定的に大量供給するための体制を整備する必要がある。また、安定的に大量供給することができれば、市場での普及率を高められると同時に、普及までの年限を短縮することもできる。

組織培養等の生物工学的手法等を利用した育種の効率化及び大量増殖技術を確立し、優良種苗の育成、普及率の向上、普及年限の短縮化を図ることも重要になる。

大量増殖技術

生長・開花調節技術

放射線の利用や倍数性操作による育種技術を応用することにより、新品種の育成を継続的かつ効率的に行うことができるようになる。

イオンビーム育種と遺伝子組み換え

このほかに、環境に配慮した生産のための肥料・農薬等の低投入システムの開発・導入といったことも挙げられる。

土壌診断用バイオセンサー


育成する品目や作物を育成する手法が多岐にわたることから、作業工程を明らかにしたロードマップを予め作成するとともに、栽培上の問題点の解決方向も含めた総合的なプランニングを実施する必要がある。


流通体制の確立


集出荷施設の整備や市場への流通体制を確立することによって、より消費者ニーズに対応した鮮度保持流通を行なうことができる。さらに、台車流通、出荷容器の統一やリターナブル利用の推進等による流通コストを低減させることも重要となる。

セル苗生産技術

人工種子作成技術

施肥・潅水等施設の作業の自動化、一斉開花・収穫等省力大量生産技術の導入等による低コスト生産供給体制の整備

生長・開花調節技術


・法規制の問題点


既に飽和水準に達している花卉・種苗市場に、海外からより安価な花卉が輸入されることでさらに生産者間の競争が激化しているが、海外から輸入されている花卉のなかにはUPOV条約(植物新品種保護国際条約)を無視し、著しく育成者権を侵害しているものもある。

日本国内で開発された新品種が、中国や韓国などで無断で栽培され、日本に逆輸入される事件があった。このようなことは、農業関係者の長い間の努力を無にする行為であって、日本の付加価値の高い産業の力を弱めることになる。

種苗法の侵害

農業関係者の保護のためにも、種苗法を国内限定的な法規制ではなく、海外の違法栽培を抑制することのできるような法規制に位置づける必要があるだろう。

植物新品種に関する法と権利


・遺伝子組み換え技術について


遺伝子組み換えという画期的な植物バイオテクノロジーを用いれば、これまで不可能とされていた育種を行うことが可能になる。しかしながら、遺伝子組み換え技術を用いた育種は、必ずしも採算がとれるとは言い切れない。

遺伝子組み換え技術は開発に莫大なコストが掛かること、規制当局への申請の手間といった負の経済性といった問題がある。さらには、新品種の承認までに非常に時間が掛かることによって、利益を生み出すことができないだけでなく、それまでの開発費を回収することも困難な状況になり、ビジネスとして成り立たなくなってしまう可能性もある。

また、遺伝子組み換え技術・クローン技術は、作物の生産性を劇的に向上させるが、必ずしもビジネスとしての利益を生み出すとは限らない。これまで希少とされていたモノが大量生産されるようになると、始めこそ莫大な収益を生むが、次第に商品価値が下がり、需要よりも供給が過剰になる可能性がある。

しかしながら、遺伝子組み換え技術を用いる育種は、半永久的な購買需要を持つ商品を生み出す可能性を秘めていることも事実である。将来、法整備が進み社会的な理解を得られるようになれば、様々なビジネスが生まれるかもしれないことは考慮しておくべきだろう。