【国内ビールメーカーによる花ビジネスへの参入】



 花ビジネスを進めていく上での重要な要素は、一定以上の事業規模を確保していくことだ。冠婚葬祭をはじめとする法人向け需要に対しては、ある程度決まった品種があれば事足りる。これに対し、企業から苗などを購入して消費者向けの花を栽培する生産者は、消費者の流行などの市場ニーズを勘案しながら生産する品種を選ぶため、生産者向けの需要には多種多様な品種を取り揃える必要がある。その結果、生産者向けの花は、さまざまな形質を対象にそれぞれ育種を進めなければならない。そのために必要な遺伝資源は大規模になっており、また研究開発費も増大している。そのことから、近年、生産者向けの花ビジネスは、世界規模で合併が進んでおり、企業各社は大規模な施設などを運用しながら開発を進める体制に変ってきた。


・ビールメーカーの参入


 ビールメーカーが花ビジネスに取り組んだのは、酵母の培養や遺伝子操作、ムギやブドウの組織培養や栽培のノウハウを生かすことができる分野だからだ。例えば、ブドウはウイルス病に侵されやすいことから、ウイルスに侵されていない成長点を組織培養してウイルス・フリー株を作りだしている。このような研究開発を行っているビールメーカーは、組織培養で増やすことができる栄養繁殖系の花ビジネスに取り組むための基礎技術を持っているわけだ。

ビールメーカー各社が育種、増殖に活用しているバイオ技術
遺伝子組み換え育種 自然界に存在しない遺伝子などの導入で新規形質を付与する。
イオンビーム育種 イオンビームを照射することでゲノムに欠失や逆位を発生させる。
組織培養による育種 優良品種を組織培養により工業的に大量生産。
栄養繁殖系の花を扱うビールメーカー各社が基本としている技術。


・遺伝資源の確保


 キリンビールの花事業の売り上げは290億円(2003年度売上高)であり、他社と比べて圧倒的に多い。キリンビールがここまで事業規模を拡大できたのは、積極的な企業買収により早期から世界を相手に事業を確立してきたからだ。


国内ビールメーカー各社の花事業売上高(2003年)
キリンビール(国内外グループ会社合計) 290億円
サントリー(子会社サントリーフラワーズ) 47億円
サッポロビール 5億7000万円

 80年代末に花ビジネスに参入したキリンビールは、参入当時まだ独自の品種を持っておらず、品種育成にも時間がかかることは明確だった。事業を早急に確立しなければ会社として認知度が高まらず、事業も進められなくなると考えたキリンは、90年代前半からキクやカーネーションを得意とする海外企業を買収し、世界三大切り花の1つであるスプレーギクの世界シェアを25%、カーネーション世界シェア30%と一気に事業を確立した。

 キリンビールが積極的に企業買収を行う背景には、これまでにない品種を育成していくためにそれぞれの会社が蓄積してきた遺伝資源を掛け合わせていくという考えがある。世界展開を進めることで、まったく新しい組み合わせや育種方針が生まれてくることを期待している。


・違法栽培管理

 近年、花ビジネスの国際展開を進めていく上で、重要な課題が浮かび上がってきた。優良品種を作って世界に打って出ても、開発した品種が違法に栽培されてしまうという問題だ。

キクやカーネーションは、植物体の一部を切り取り、挿し芽で増やすことができる。そのため、組織培養技術を持つ各社は、高品質の花苗を大量に供給することができる。しかし、このことが逆に、違法増殖を許す温床となってしまった。いったん株を手に入れれば、次々と増殖できるので、一度購入してしまえば次からは購入しなくて済む。

日本のカーネーションの輸入量は、2001年にはわずか30万本だったが、02年には100万本、03年には7000万本以上に急拡大した。特に中国からの輸入が多く、明らかに日本企業が品種権を持つものであるが、ライセンス料の支払いなどを受けていないものが多く含まれている。

危機感を感じたキリンは、02年から中国でアグリ事業の担当者を設置、04年4月に「キリンアグリバイオ上海有限公司」を設立した。キリングループが保有する花苗の中国での品種権の保護、ロイヤルティーの管理を行うのが目的だ。

ただし、キリンが中国に拠点を設けたのは、防衛のためだけではない。生産者向けの花苗を安価に生産できる生産拠点として活用できることが挙げられる。さらに、世界での市場展開を進めてきたキリンにとって、経済が急拡大している中国は新しい市場として魅力があるといえる。


・低コスト生産 / 安価な人件費

サッポロビールは低コスト化を実現するために、生産拠点を中国へ移している。違法増殖の問題を乗り越えながら、中国の人件費の安さを上手く活用しているといえる。

コチョウランは、側枝の付け根にある腋芽を培養して株分けしていくことで増やしていくが、これには人手がかかる。そこでサッポロビールは、人件費の安い中国で苗を大量増殖させる体制を構築した。03年では、年間およそ500万本のコチョウランのクローン苗を生産できるまでに成長した。

中国に進出して10年近い経験を持つサッポロは、生産するクローン苗の品質・品種権保護の面から信頼できる体制を構築した。その上で、安価に苗を生産できる強みを生かして、国内種苗メーカーや個人育種家の海外展開をサポートしていこうとしている。単独の花ビジネスだけでなく、業界を巻き込んだ世界進出をもくろんでいる。


(参考:日経バイオビジネス 2004/9)