『人工種子作成技術』



・人工種子とは

組織培養でつくられた不定芽・不定胚を人工の膜で包み,カプセル状にしたものを人工種子といいます。本物の種子に似た構造をしており、中心に植物再生可能部分(不定胚や小さく分断された不定芽など)を含み、そのまわりを適当な養水分と高分子のゲルで包み、最外層をゼラチンなどの薄膜で保護したものです。

自然の種子は一般に、芽へと成長する胚、発芽の際に必要な栄養分を含む胚乳、それらを覆う種皮で構成されています。人工種子はそれらの代わりに、胚は植物細胞を培養し増やした不定胚、胚乳は人工的に養分を合成しゲル状にした物、種皮はカプセル状の膜で構成されます。

細胞塊を培養したものを不定胚と呼び、植物個体へと成長させることが可能です。このように一個の細胞が完全な個体を再生する能力を持つことを『分化全能性』といいます。植物がもつ分化全能性を利用して、人工的に種子を作成することが「人工種子作成技術」です。人工種子を作成すれば、種子繁殖が困難な植物の繁殖に有効であるとされています。

※ 本来胚ではない部位から形成された胚のことを不定胚、それが芽であれば不定芽と呼ぶ。



現在、人工種子は、アルギン酸ナトリウムと塩化カルシウムを利用したアルギン酸カルシウム法によって作られています。作り方は、アルギン酸ナトリウムを含む溶液に不定胚・不定芽などを入れ、溶液ごとに不定胚・不定胚をピペットで吸い上げて、塩化カルシウム溶液に滴下します。その結果、外側に水に溶けないアルギン酸カルシウムの皮膜ができて、不定胚・不定芽を封じ込めることができます。

培養物をカプセル化する際に植物の生長を制御する物質や肥料・農薬をあらかじめ添加することができるので、栽培労力を軽減させたり、より強い苗を育てることができます。また、組織培養法により大量に増やした培養物をカプセル化することで、自然環境の変化に左右されることなく周年生産が可能となりますし、種子生産の機械化も容易となると考えられます。


・人工種子の利点

・優良形質で同一品種を大量に生産できる。

・1年中いつでも育成できる。

・種子が出来ない植物でも、短期間に大量の苗を作ることができる。

・輸送や貯蔵の利便性を向上

・幼植物体を野外に馴化させる作業を簡略化

・自然の種子にはない機能を付加できる。


また、ゲル状の部分に農薬を入れると除草効果、肥料やホルモンなどを入れると成長の促進効果など、入れる物により必要に応じた効果を発揮させることができます。


・人工種子の現状・今後の方向

発表されている人工種子の研究には無菌条件下で培地成分の供給を受けて発芽・生育する人工種子の開発を目指すものと、野外の土壌に蒔いて発芽・生育する人工種子を目指すものがあるが、現状では前者の研究が多い。

不定胚などの封入物そのものの発芽力が低いという問題と、カプセル化したことによって発芽力が低下するという問題がある。より適切なカプセル化の技術を開発すること、生長能力の優れた体細胞胚の形成技術などが今後解決すべき問題の一つです。

不定胚を効率よく生産できる作物種が限定されているため人工種子を作ることが可能な作物が少ないことや、人工種子の発芽の揃いが悪いなど、まだ問題点の多い技術ですが、現在も実用化に向けての研究が進んでいます。将来的には、重要な遺伝資源の保存や、環境問題・食糧問題の解決にも貢献する技術の一つになると思われます。