『遺伝子組換え植物の光と影』
学会出版センター 山田康之・佐野浩 編著


本書概要:
本書では、環境問題という観点から、植物のバイオテクノロジーについての安全性を考える。全編を通し、テクノロジーに関し肯定的な印象を受けるが、その根拠として、具体的な技術も挙げられ、それらの安全性評価を主体として構成されているものである。また、環境問題として特に食料問題については大きな問題とし、その解決策としてのバイオテクノロジーを解説している。

安全性評価T リスクとベネフィット
安全という基準は、リスクとベネフィットを秤にかけて判断した結果であるというという考えをもとに、遺伝子組換え植物の安全性評価基準を考える。

遺伝子組換え植物を食糧として摂取した場合のリスク

1. 導入遺伝子産物の安全性
2. 遺伝子を組換えるときに、マーカーとして使用する抗生物質耐性遺伝子の安全性

[Bt遺伝子を導入した組換えジャガイモ]
殺虫性たんぱく質を100gあたり平均60mg程度含み、これは全たんぱく質の0.01%以下である。アミノ酸配列から推定してもアレルギー原性はない。加熱により完全に変性し、消化酵素によっても完全に分解される。ヒトに換算し、毎日13kgの組換えジャガイモを連続3ヶ月、ラット、マウス、ウサギに投与してもなんら症状はなく、これらの項目についての危険性はないと結論された。

植物としてのリスク(生態系への攪乱)

1.組換え植物が雑草化し、在来種を圧迫、絶滅に追い込む可能性。
雑草化の判断基準:休眠性があること。環境が自らの生育に適するようになるまで休眠する、という特質がある。
2.組換え植物の花粉が飛散して他の植物と交雑し、導入遺伝子が水平伝播する可能性。

[リスクの数値化]
@耕作地周辺で近縁種との交雑を起こす可能性の程度に応じて、対象となる遺伝子組換え植物をグループ分けする。
グループT:可能性がほとんどない
グループU:交雑の可能性があるが、その程度は低い
グループV:交雑の可能性が高い
A交雑によって組換え植物から導入遺伝子を受け取った植物にとって、それが利益になるかどうか、という観点よりクラス分けを行う。
クラスT:受け取った遺伝子による利益がまったくない
クラスU:利点はあるが、それほど大きくない
クラスV:成長促進、生存率向上をもたらす遺伝子
このような2つの尺度を組み合わせ評価をする。ヨーロッパで388品目について検定したところ、90%以上がリスクなし、10%弱があっても微少、という結果となった。

リスクとベネフィット

−遺伝子組換え作物のベネフィットとは
現在商業化されている品目を挙げると、除草剤耐性と害虫耐性が最も多い。除草剤耐性の場合、普通では使用できない芽生えのころに散布すると、成長期での散布が必要ないので、農薬消費が全体として20%ほど減少した。無農薬や有機栽培を目指すならかえって遺伝子組換え作物の方が有利といえる。

遺伝子組換え植物が持つかもしれない未知のリスクと、それらによってもたらされるであろう食糧増産、環境浄化のベネフィットを比較検討した上での冷静な判断が必要である。

安全性評価U 食品としての安全性
遺伝子組換え食品に対し、消費者の懸念が報道されるが、いずれも科学的根拠によるものとは言いがたく、一般に危惧されているような危険性は見つかっていない。社会的許容度は科学的な根拠に基づき決定されるべきである。

遺伝子組換え植物の安全性

1. 導入する遺伝子の安全性
もし植物が本来持っている遺伝子を使わないのであれば、遺伝子組換え植物には新規な遺伝子が導入されている。
⇒動物や植物細胞中の遺伝子は、その絶対数が少なく、万が一これらの遺伝子が間違って細胞の中に取り込まれたとしても、それぞれの生物種における遺伝子の発現の仕組みが異なるため機能できないといったことにより危険性は考えにくい。
2. 遺伝子産物の安全性
抗生物質耐性遺伝子の抗生物質不活性化酵素により、抗生物質が効かなくなる危険性。
⇒その活性のほとんどは消化中に活性を失う。また、酵素反応に必要な基質や反応条件がそろわないため、危険性は考えられない。

−その他として、抗生物質耐性遺伝子そのものが微生物に移る可能性や、遺伝子の導入により、未知の遺伝子配列が作られ、異常なたんぱく質などの毒性物質が出来るなどさまざまな考察がなされている。現在のところ、後述のアレルギー以外の問題は認知されていない。

[アンチセンス法]
日持ちのよいトマト「フレーバーセーバー」を作る過程で用いられるアンチセンス法では、本来のセンスRNAと相補的なアンチセンスRNAによってメッセンジャーRNAが発現しなくなる。このような場合、遺伝子産物はできないため、その危険性を考える必要はない。

残る問題:アレルギー

遺伝子組換え技術そのものは新しい技術であるが、用いている材料やその産物自身は、十分に管理された体制のもとで利用される限りは安全と考られる。現在植物のもつ遺伝子を用いた植物の耐病性の育種が進んでいる。これらのたんぱく質には微生物や、私たちの消化液では消化しにくいものなどがあり、今のところ、それらがアレルゲンとなるかは不明であるが、このようなたんぱく質を食品として摂取する場合には十分な配慮が必要となるのである。

安全性評価V 生態系への影響
遺伝子組換え植物が野外で栽培されて10年たらずで、十分に議論できるデータが集積されていなく大変大きな研究課題である。

懸念される生態系への3つの影響

1.導入遺伝子が野生生物に拡散していく可能性。
   ・組換え植物の野生化
   ・交雑による導入遺伝子の近緑植物への拡散
   ・組換えによる導入遺伝子の微生物への拡散
2.新たな系統の病原体や雑草が出来てしまう可能性(対抗進化)
3. 組換え植物で作られるたんぱく質の働きにより、環境に対して予期しない影響を及ぼす可能性。

[生物多様性の保全]

遺伝子組換えによる品種の開発と普及によって自然生態系への影響がさまざまに懸念されるが、自然状態ではありえない導入遺伝子が広がる影響は、野生植物集団の遺伝的構造を乱したり、競争力を増した雑種やその後代がさまざまな場所に侵入するなどの危険性(広い意味でのバイオハザード)を秘めている。

遺伝子組換え作物からの導入遺伝子の生態系への侵入は、完全には防ぐことは出来ないといえる。遺伝子組換え作物を栽培する際の隔離に必要な距離などが提示されたりしているが、それは1つの目安程度に扱うべきものである。栽培植物の野生化や、花粉による遺伝子の拡散は、遺伝子組換え植物に限った話ではなく、古典的な育種では事例がいくつもある。遺伝子の逃げ出しがすなわち危険とは言えない。従来の育種技術では不可能であった品種を作出することも可能となり、得られる品種の使用を妨げることは現実的とは言えない。

 

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